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§.22【夢見た未来】


 真夜中。

 ノワール学院の校舎を月明かりが照らしている。廊下には制服を纏った二つの影が並んでいた。クロノとリュカだ。

 二人は和やかに会話を交わしながら、校舎内を歩いている。


「それで、シャルは自分もヴァンパイアだから、霧になれるはずだって言って、毎日、霧の濃いトムロ山に上ったんです」

「なぜ山登りをするのだ?」

「霧が沢山出ていた方が、一体化して霧になりやすいって思ったみたいです。全然関係ないんですけどね」


 呆れ半分で、しかしシャルを愛でるように彼女は語る。


「思い込みが激しいところがあるんですよね。でも、ヴァンパイアになったのに聖魔法が使えるのはそのせいなのかもしれません」


 ヴァンパイアと聖魔法は相反する魔力を使う、と言われていた。しかし、シャルは眷属になった後も、聖魔法を使うことができた。それも、聖女と呼ばれるほどのレベルで。


「そもそも、あんなに聖魔法が得意なのも不思議なんですよね」

「なぜだ?」

「聖魔法は神様への信心深さによって魔力を高めるじゃないですか。でも、シャルは神様なんて全然信じてないって言うんですよ」


 学院に来てからも、リュカが話すことと言えばシャルのことばかりだった。彼女のことが余程好きなのだろう。


「神様を信じてないっていうのは照れ隠しで、本当は信じているんでしょうか?」

「聖魔法が神を信じることで魔力を高められるというのは教会が広めている方便だ」

「え? そうなんですか?」

「その方が信徒を獲得しやすい」


 リュカは初めて聞いたといった表情を浮かべている。


「じゃ、本当はどういう魔法なんですか?」

「信じる対象は何者でもいい。その心が奇跡を起こすのが聖魔法だ」


 すると、リュカは俯き、考え込む。


「……シャルは神様じゃなくて、なにを信じているんでしょうか?」

「なんだろうな?」

「あれ? お兄さん、興味があるんですか?」


 クロノの顔を覗き込むようにして、リュカが問いかける。


「シャルと友達になりたいのだ」

「え? 友達じゃなかったんですか?」


 不思議そうにリュカは小首をかしげた。


「そうなるべく務めているところだ」

「怪しいお兄さん。シャルのどこが気に入ったんですか?」

「初めて会ったとき、見ず知らずの俺を命がけで守ろうとした。そんな者はなかなかいない」

「思ったより、ちゃんとした理由なんですね。シャルが可愛いからかと思いました」


 リュカはそんな感想を述べた。


「俺は全知全能だ。可愛いは作れる」

「女の子みたいなことを言うのはやめてください」


 本気で言ったクロノだったが、すかさずリュカにつっこまれてしまう。


「シャルはああ見えてけっこう押しに弱いんです。だから、沢山遊びに誘ってみたらどうですか?」

「やってみる。しかし……」

「なんですか?」

「沢山遊べば、それで友達という単純なことでもあるまい」

「うーん。難しいことを言いますね、お兄さんは」


 窓の外を眺めながら、リュカは考える素振りをみせた。


「シャルは小さく、細かい、ジャラジャラしたものが好きですよ」

「というと、ガラス玉や貝殻か?」

「なんだ、知ってるじゃないですか」

「いつも身につけているからな」


 ガラス玉は魔法の触媒として持ち歩いており、貝殻は教室の机に置いてある。


「それ以外にも、小石とか、どんぐりみたいなのも好きですね。でも、銀や宝石みたいに高価なものはあんまり好きじゃないみたいです」

「では、どんぐり拾いをするのは悪くなさそうだ」

「好きなんですか?」

「いや、まったく興味がない」

「だめじゃないですか」


 正直なクロノの言葉に、リュカは笑いながら言った。


「やってみれば興味が湧くかもしれない」

「嫌いじゃないなら、それもいいかもしれませんね。あ、そういえば、一つだけシャルは変わったところがあるんですけど」

「なんだ?」

「友達とは恋人になれない派だって、よく言ってます」

 

 一瞬、クロノは無言になった。


「因果関係がわからない」

「恋人と友達が全然別物だそうですよ。ジャンルが違うって言ってました。だから、一度、友達になっちゃったら、恋人の対象外になるそうです」

「では恋人になる前は、なんになるのだ?」

「うーん……」


 リュカは手を口元にもってきて、うつむき、頭を悩ませる。


「あるはずだ。準恋人のようなものだ」

「じゅ、準恋人……? もう。お兄さん、変なことを言わないでください」


 リュカはツボに入ったか、くつくつと笑っている。


「他人からいきなり恋人になるのか?」

「んー…………たぶん、片思いの相手とかになるんじゃないかと思いますけど……」

「そうか」

「はい。とにかく、もし恋人になりたいんだったら、友達にはならない方がいいと思いますよ」

「俺と相性が良い。友達はこの世で最も尊い関係だが、恋人はゴミだ!」


 力強くクロノは言い放った。


「ご、ゴミですか? そうですか?」

「恋人という関係は、ときに友人関係を破壊する。友情に巣くう寄生虫、それが恋だ」

「……えーと、まあ、確かに恋愛絡みで、仲間内の友人関係が壊れてしまうことはあるみたいですけど」


 クロノの主張を、リュカは正確に翻訳していた。


「お兄さんもちょっぴり変ですね。極論ですよ?」

「全知全能だからな」

「すぐ全知全能のせいにして。いけません」


 優しく窘めるようにリュカは言う。

フッとクロノは笑みで応じた。

 夜の校舎に、二人の足音だけが心地よく響いている。

 やがて、彼女は言った。


「あーあ。卒業……したかったなぁ」


 その声は静寂に飲まれるように消えていく。


「わかった」

「わかったって、どうす――」


 言葉の途中で、空間が歪んだ。

 次の瞬間、聞こえてきたのは喧噪と拍手だ。おめでとう、と祝辞の言葉が飛び交い、泣いている者も少なくない。

 やがて見えてきたのは、ノワール学院の大講堂。そこに制服を着た生徒たちがずらりと並んでいる。

 リュカの列にいるのは、彼女のクラスメイトたちだ。


「リュカもおめでとう」

 

 そう言って、笑いかけてきたのはシャルだった。


「すごいよね、リュカは。卒業生代表だもん。嬉しいな」

「……シャルが、嬉しいんですか?」


 戸惑いながらも、リュカは聞く。


「うん。だって、ずっとリュカが頑張ってきたのを知ってるから」


 誇らしそうに彼女は言う。

 リュカは隣で、何食わぬ顔をしながら立っているクロノを振り向く。


「これ……どうなってるんですか……?」

「未来だ」


 彼はそう答えた。

 

「未来……?」

「あー、皆静かに」


 リュカが前方に視線を移すと、壇上にいる学院長の姿があった。


「それではこれより、卒業証書の授与を行う。卒業生代表、リュカ・エンディミオン」

「……はい」


 名前を呼ばれ、リュカは反射的に返事をしていた。彼女は壇上に上がり、卒業証書を受け取った。


「君の法学の成績は歴代トップだ。立派な法賢者になれるだろう。おめでとう」

「ありがとう……ございます……」


 リュカははらり、と涙をこぼす。

 そうして、覚悟を決めたようにこう言ったのだ。


「わたしはこの都市の法を愛し、そして必ず守ります」


 すると、空間が再び歪む。壇上も、大講堂も、生徒たちの姿も消えていく。

 代わりに現れたのは、冷たい石造りの牢獄だ。彼女はそこに立っていた。校舎での出来事も、大講堂での出来事も、夢のようにしか思えない。

 だが、それがただの夢ではないと、リュカは知っていた。


「ありがとうございます。本当はちょっぴりですけど、ほんのちょっぴり、怖かったんですよ」


 傍らのクロノに、彼女は言った。


「これでもう怖くありません」



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― 新着の感想 ―
クロさんが絡んでる時点で処刑はないはずだけど、今のところ処刑されそうなのでハラハラします。
???「……怖いものはない……」
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