§.21【心に巣くう全知全能】
その夜。
クロノはリュカと交わした約束を守るため、再び一年前を訪れることにした。
中央魔導裁判所の牢獄では、リュカが膝を抱えてうずくまっている。
彼女はふと人の気配を感じて、顔を上げる。そこにクロノが立っていた。
「死刑とは思いませんでした」
リュカはそんな風に言葉を切りだした。
この日は、彼女が死刑を宣告された翌日である。
「どうするのだ?」
「そうですね。お話しでもしましょうか。せっかく、お兄さんが来てくれましたから」
穏やかな表情でリュカは言う。
ルークの話では、死刑を撤回させるために法賢者デュメルを眷属にしようとしたそうだが、もしも事実なら、この後彼女は行動を起こすのだろう。
しかし、クロノにはそうは見えなかった。
「なにを話したいのだ?」
「お兄さんは未来から来たんですよね? どうやって来たんですか?」
「俺は全知全能だ」
きょとんとした顔でリュカはクロノを見た。その表情は真面目そのもので、思わず彼女は笑ってしまう。
「それじゃ、私が死刑になった後に蘇生してくれますか? それだったら、コルンツェルの法にも背きませんし」
冗談交じりにリュカは言う。
彼女もそれが本当にできるとは思っていないだろう。全知全能などという力は、常軌を逸している。
「死んだ人が生き返るというのは、どういうことだと思う?」
蘇生するとも、しないとも答えずに、クロノはそんな質問をした。
「どんな大きな争いが起きても、どれだけ多くの人が亡くなっても、いつか取り戻せる希望が残るということだと思います」
「人を殺すのが怖くなくなるということだ」
一瞬、リュカは言葉に詰まった。
「簡単に人を蘇生できるなら、簡単に人を殺すようになる。死を完全に克服するというのは、つまり死がどうでもよくなるということだ」
「そうですか? 人が生き返るなんて、素敵な世界じゃないですか」
クロノはすっと手を伸ばし、リュカの髪に触れる。
「なんです――」
リュカが不思議そうに目を丸くする。
長い髪を一本クロノが指先で切断したのだ。
「あのぉ……なんなんですか?」
「怒らないのか?」
「怒りませんよ、髪の毛一本ぐらいで。すぐ伸びますし」
「そういうことだ」
「……そういう?」
切られた髪が、みるみる伸びて、あっという間に元の長さを取り戻した。真祖のヴァンパイアの再生力は人間とは比べものにならない。
「全知全能にとって、人の死は髪の毛を一本切るようなものだ。邪魔なら切ればいい。必要なら伸ばせばいい。人の死になんら抵抗はない。いや、興味がないのだ。どうせ、どうとでもなるのだ。そんな奴と友達になりたいか?」
リュカは朧気ながら、クロノの言うことがわかってきた。
「……それは、ちょっと怖いかもしれません」
「全知全能というのは、なんでもできるというのは、結局なにが起きても同じということだ。生きていても死んでいてもいい。友達がいてもいなくてもいい。好かれていても嫌われてもいい。生き返らせればいいし、友達を作ればいいし、好かれればいい。取り返しのつかないことはなにもない。一年前も、十年後も、一万年後も、全ての時間は等しいから、すぐに行動しなくてもいい」
訥々と語られるクロノの言葉に、リュカは奇妙な真実味を感じていた。
「心まで全知全能になってしまえば、それは最早、生きているとは言えないだろう」
「それは、どうしてですか?」
「リュカがコルンツェルの法を尊いと思ったのは、多種族が共存する唯一の方法と思ったからだ」
こくりとリュカはうなずく。
「全ての種族を問答無用で平和にできる力があるなら、リュカの行動理念は一つ消える」
「それは、そうですね」
「幼いシャルを理不尽から問答無用で救済する力があったなら、彼女を眷属にする必要はなく、リュカの関係性が一つ消える」
クロノは言った。
「あとはその繰り返しだ。一つの力が、一つの心を消す。全知全能の力は、全ての心を消す。結局、人はなにかができないから、心をもっていられる」
「……そんな風に考えたことはありませんでした。面白いですね。なにかができないって、悪いことばかりだと思ってました」
感心したようにリュカは言った。
「だから、リュカは蘇生しない。俺自身に定めた枷を外せば、この心はやがてなにも感じなくなる。真の全知全能になるだろう」
その言葉に、彼はぽつりと一言を付け加えた。
「あの虐殺王のように」
――と。
「なんだか、お兄さんは本当に全知全能みたいなことを言うんですね」
「本当に全知全能だ」
真顔でクロノが言うと、くすくすっとリュカは笑う。
「それじゃ、別のお願いを聞いてもらってもいいですか?」
「なんだ?」
じっとクロノを見つめた後、リュカは言った。
「もう一度だけ、学院に行きたい」




