§.1 【獅子の皇帝と魔神王】
黄金城ハーティア。玉座の間。
黄金の玉座に、厳かな鎧を纏った男がどっしりと腰をかけている。獅子の皇帝ランデューク・ディルフォワードだ。人間の国を治める君主である。
今、この黄金城は緊急事態の対処に追われていた。
「――魔神王の配下が、この国に入り込んでいるというのか!?」
怒気をあらわにし、ランデュークが言った。
「はい。奴らは人間に成りすまし、各地で民を襲っておるのです。それも皇帝陛下のような特別な才能を持つ者を」
宰相が跪いたまま、そう報告する。
「目的は?」
「人間を解剖し、その力の秘密を暴き、そして、人間と魔族、あるいはその他の種族を掛け合わせた合成生物を作ることかと。いくつかの都市でその形跡が――」
ダンッとけたたましい音が鳴り響く。
ランデュークが玉座の手すりを、その右手で粉砕していた。
「太陽の民たる人間と、ドブネズミ以下の魔族を掛け合わせるだと!? 天をも恐れぬ愚行だ、それはっ!!!!」
憤怒の形相でランデュークが立ち上がった。
「こ、皇帝陛下? どちらへ?」
「人間に成りすました魔族どもを始末する」
「お、お待ちくださいっ! 国境では未だ魔神王軍との激しい戦が続いております! もしも封印のガムラなどが現れれば、皇帝陛下の力なくしては守りきれません!」
慌てて、宰相が進言する。
「民を危険に曝して、なにを守るというのか!?」
「し、侵入した魔族につきましては、すでに手を……!」
宰相が指輪を掲げれば、その宝石が目映く輝いた。
すると、空から星が落ちてきて、黄金城の天井を貫いては、この玉座の間に突き刺さった。
星の輝きを宿す、一振りの聖剣である。
「我ら王家に伝わるこの伝説の聖剣――アルロアスの剣ならば、人間に成りすました魔族の正体を暴くことができるでしょう」
宰相が言った。
「アルロアスの剣を抜ける勇者は見つかっていまい」
ランデュークの指摘に、宰相は笑みを湛えて応じた。
「ご安心を」
宰相の背後に一人の少年が進み出た。
「この少年こそ、我々が長年探し続けた勇者アテムにございます」
精悍な顔つきをした少年アテムは、アルロアスの剣を手にし、そして見事抜き放った。
獅子の皇帝、ランデュークは問う。
「アテム。お前に侵入した魔族を仕留められるか?」
「魔族を根絶やしにするのが俺の使命です」
アテムが答えた、その瞬間の出来事だ。
「哀れな」
どこからともかく不気味な声が響いた。
ランデュークがはっとした瞬間、アルロアスの剣がバキンッと音を立てて折れ、勇者アテムの腕が飛んだ。
「がっ、ああああぁぁぁぁぁっっっ!!」
切断された腕を押さえ、アテムは床にうずくまる。
ガンッ、とその頭が思いきり踏みつけられた。
「なっ! き、貴様……は……!?」
宰相が息を呑む。彼だけではない。その場に控えていた兵士たちが皆、突如現れた魔族に恐れおののいた。
アテムの頭を踏みつけたのは、一人の魔族だ。長き漆黒の髪に、金の瞳、六本の角を持っていた。
「ま、魔神王ゴルロアーズ……」
魔族の神とさえ崇められる、敵国の総大将、それが魔神王ゴルロアーズである。まさか単身で人間の本拠地にやってくるなど、誰も予想だにしていなかった。
ただ一人を除いては――
「皆、覚悟を決めるのだ」
獅子の皇帝ランデュークが前へ出て、ゴルロアーズに正対する。
「この国が滅ぶか、魔神王が滅ぶか。二つに一つ。我らが命を刃に変えて、ここでゴルロアーズを討つ」
威風堂々とランデュークが黄金の剣を抜き放つ。
それに鼓舞されるように、兵士たちも覇気のある顔でゴルロアーズを包囲する。
その場の誰もが確信していた。これから、この国は想像を絶する戦火に呑まれるだろう、と。
人類の命運をかけた一大決戦、今幕を開けようとしていた。
「行くぞ!」
ランデュークが大きく一歩を踏み込む。
瞬間、ゴルロアーズはゆるりと手を前へ出す。
「休戦だ」
ゴルロアーズの手に阻まれ、剣は止まった。
「……なんだと?」
眼光鋭く、ランデュークが睨みつける。
今し方、魔神王が口にした言葉が信じられなかったのだ。
「もうろくしたか、ランデューク。余は休戦と言ったのだ。さっさと剣を納めよ」
「黙れ」
魔神王の提案を、ランデュークは一蹴した。
「暇つぶしに人間の尊厳を踏みにじる貴様が休戦だと? 休みたくば、棺の中で永遠に眠らせてやる!」
大きく剣を振りかぶり、ランデュークはゴルロアーズの脳天を狙った。
「彼の王が目覚めた」
ピタリとランデュークの剣は皮一枚で止められた。
魔神王がこの場にやってきても動じなかったランデュークが、驚愕のあまり目を見開いていた。全身から脂汗が滴り落ちている。
「……全知全能の……虐殺王が……か……?」
その名を口にすることさえ命がけといった風に、ランデュークがそう声を絞り出す。
「彼の王が動くならば、天地が交わり、善と悪が抱擁を交わす。世界そのものの危機が訪れたのだ」
ゴルロアーズは言った。
「虐殺王は今どこに?」
ランデュークの問いに、ゴルロアーズは答えた。
「ノワール学院だ」




