§.15【悪魔の作戦】
魔神王城。玉座の間。
「甘いな」
魔神王ゴルロアーズがぽつりと呟く。そばに控えていた配下たちが震え上がった。
「なあ。そうは思わぬか、マシュー」
「……は、はい」
マシューは震える声をなんとか絞り出した。
彼は炎に包まれた魔人、イフリート族の長だ。
(魔神王様はお怒りだ……! 件の四王会議とやらが、砂糖菓子のように甘いものだったのだろう……!)
主の怒りの原因を、マシューは推察していく。
(無理もないのである。冷酷無比、悪鬼羅刹、冥府魔導を歩む者が善人に見えるほどの外道、それが魔神王様なのだ!)
魔神王の前では塩でさえも甘い、そんな言葉があるほどにゴルロアーズの冷酷さは他の追随を許さない。
「四王会議のやり方では、彼の王は今度こそ確実に大虐殺を実行するだろう。世界は終わりだ。我らが魔族の故郷、このドムドラッドも」
そうゴルロアーズは憂慮していた。
「ま、魔神王様にはなにか作戦があるのでしょうか?」
マシューが問うと、魔神王は笑みを覗かせる。
(あ、あの顔は……! かつて武器を持たぬ七〇〇〇人もの人間を人質に取り、獅子皇軍六〇〇〇〇人を皆殺しにした時と同じ……その後、魔神王様は民七〇〇〇人を迷いなく焼かれた……)
マシューは確信した。
(あるのだ……! 魔神王様には、全知全能の虐殺王すらも抹殺する悪魔の作戦が……!)
目の前の主に、彼は畏怖を感じずにはいられなかった。
「彼の王にも、決して虐殺できぬものがある。決して、な。これはその心理を利用した盲点とも言うべき作戦」
ごくり、とマシューは喉を鳴らす。
すうっと息を吸い込み、ゴルロアーズは言った。
「ぼくたちおともだち大・作・戦だ!」
「は?」
気がつけば、マシューは素で聞き返していた。
「なにか不服か、マシュー」
虫けらを見るような冷酷な目で、ゴルロアーズは配下を睥睨する。
「い、いえ、その……作戦名があまりにも……なんというか……魔神王様らしからぬ、と言いますか……」
怯えたように、マシューはしどろもどろになって弁解しようとする。
「俺らしさとはなんだ? 強さか? 残虐さか? それとも、魔族のプライドか?」
「そ、それは、その……」
「甘い。そんな下らぬ体面にこだわっているから、どいつもこいつも甘いのだ。マシュー、貴様は俺を失望させんだろうな?」
値踏みをするように問われ、マシューは息を呑む。
迂闊な返事をすれば、すぐにでも殺されるような気がした。
(そうだ。作戦名に惑わされた、オレが浅はかだった。魔神王様がお友だちなどという甘い考えでいらっしゃるはずがないのである)
冷静さを取り戻し、マシューは頭を回転させる。
「よく理解いたしました。つまり、虐殺王の友達となり――」
「その通りだ、マシュー。お前はやはり頭が回る」
阿吽の呼吸のように、二人はうなずきあった。
(そう。オレは虐殺王に友達として近づき――)
(そう、お前は虐殺王に友達として近づき――)
(抹殺する……!)
(この俺を友達の友達として紹介する。そして、彼の王の配下となり、俺が虐殺する側に回るのだ。これこそ、安泰というものだ)
二人の阿吽は、完全にズレていた。
(そもそも四王会議の奴ら、わかっているのか? 全知全能なのだ、全知全能。戦ってどうにかなるという甘ったれた考えには反吐が出る。最早、心と心を通わせ、友達になる一択だ。そう、笑い合って時を過ごせる真の友に!)
(さすがは魔神王様、卑劣な抹殺作戦を立てておきながら、こんなにも爽やかに笑っていらっしゃる。我が主ながら、恐ろしい……)
友達に向けた爽やかな笑みの予行練習が、マシューには寒気さえ感じるほどに恐ろしかった。
「マシュー。お前も、笑え。そんなことで目的を果たせると思うな。靴を舐めてでも、彼の王の友達になるのだ!」
「かしこまりました! このマシュー。イフリート族の名誉にかけて、必ずや、魔神王様のご期待に応えてみせます!」
殺気だった目をギラリと光らせ、マシューは不敵に笑ったのだった。




