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§.13【シャルの目的】


「リュカはルールはルールだからって言って、死刑を受け入れたの。本当は逃げることもできたはずなのに、逃げなかった。アタシの大好きな友達は、そういう子。誰よりも、卑怯なことが嫌いだった」


 奥歯をぐっと噛みしめ、シャルは言った。


「リュカのはずがない。リュカが神父殺しをするなんて、絶対あり得ない!」


 行き場のない怒りが、彼女の口からこぼれ落ちる。


「だから、アタシ、ずっと真犯人を捜してるんだ」

「見つけて、どうするつもりなのだ?」


 クロノが問う。


「約束したんだ。リュカが死刑になる前に、真犯人を絶対に見つけてみせるって」


 うっすらとシャルの瞳に涙が滲む。その約束は叶わなかった。


「リュカの汚名を晴らしたいじゃん」

「アテはあるのか?」

「さっきの地下闘技場の王者の人。神父殺しの目撃者なんだって」


 シャルが地下闘技場に行きたがっていた理由がようやくわかった。


「帰り際になにか話していたな?」

「うん。そのときのことを聞かせてほしいって約束してきたんだ。真犯人の情報をなにか知ってるかもしれない」


 彼が本当に犯人を見ているのならば、聞く価値はあるだろう。


「ちょっと不安もあるけど」

「なにがだ?」

「……あんまり良くない噂もあるんだよね。怪しい組織に属してるって言われてるから」

「どんな組織だ?」

「ロゼッタ闘士団って知ってる?」

「いいや」


 クロノは即答した。


「地下闘技場の闘士を育てているところみたいだけど、本当は魔神王ゴルロアーズとつながりがあって、コルンツェルを転覆させようとしてるって」


 ここには魔神王と同じく魔族も暮らしている。コルンツェルが中立であることは、魔神王も認め、この都市には攻め入らないという条約が結ばれているのだ。それを転覆させようとしているというのは穏やかなことではない。


「危険でもやるという顔をしているな、シャルは」

「うん」


 と、シャルはうなずく。


「だから、ありがと」

「なんの礼だ?」

「クロノ君のおかげで、王者の人と話せたんじゃん」


 人懐っこい笑みを覗かせ、彼女はそう言ったのだった。



 二つの影が並んで歩く。

 商店街を出て、住宅が立ち並ぶエリアの大通りをまっすぐ進む。足音が規則的なリズムで響いていた。

 言葉はなく、二つの影はまだ離れない。

 ちらり、とシャルはクロノを見た。


(うーん。しまったなぁ。クロノ君、ずっと無言じゃん)


 端正な横顔はなにも語らず、まっすぐ前だけを見ている。なにを考えているのか、シャルには想像がつかなかった。


(いきなり重い話をしすぎたかなぁ。引かれちゃってたら、どうしよう……?)


 そこまで考えると、彼女ははっとして、自らの思考を打ち消すようにぶんぶんと首を横に振った。


(別に引かれちゃってもいいんだけど。そういうんじゃないし。それに言った方がいいって自分で思ったんじゃん。思ったんだけど……)


 沈黙は続き、二人は歩く。


(うーん。空気が重たいよぉ。クロノ君、今なに考えてるのかなぁ?)


 再び、ちらりとクロノの顔を窺う。


(全然わかんないっ。なにその表情? 無じゃん、無!)


 クロノは人間離れした無表情で、シャルにまったくと言っていいほど感情を読み取らせなかった。


(この空気のままバイバイするのは嫌だし。よしっ。たぶん、そろそろ帰り道が違くなるはずだから、別れる時に笑顔で、元気よく、もう一回お礼言って、また明日って言おう。うんっ、完璧なプランじゃんっ)


 シャルは意気込み、ぐっと両拳を握る。

 そして、その時が来るのを待った。だが、歩いても、歩いても、どれだけ歩いても、クロノとシャルの帰路はなかなか離れなかった。


「あの、クロノ君っ」


 シャルは思い切って切り出した。


「アタシ、あっちだから」


 曲がり道を指さして、シャルは言う。そうして、元気いっぱいの笑みを見せた。


「今日はほんとにありが――」

「俺もそっちだ」


 先程、シャルが指さした道をクロノがさす。


「え? でも、この先って……」


 曲がり道の先はもう行き止まりで、そこには大きな建物が一つあるだけだ。

 ノワール学院の学生寮である。


「クロノ君も寮なんじゃんっ!」


 古城を改装して作られた学生寮の前で、シャルが大きな声を上げていた。


「言ってなかったか」

「言ってなかったよぉ……!」

「だが、シャルが寮なのを聞いたか?」


 なにかに気がついたようにシャルははっとして、クロノを指さした。


「言ってなかったっ……!」

「そうなのだ」


 へなへなとシャルが脱力していく。


「もしかして、なにか困っていたのか?」

「困ってたっていうか、さっき、リュカの話ししたじゃん。」

「ああ」

「いきなりあんなこと話して重たい女だって思われたかなぁって、でも、言わないのも違う気がしたし、クロノ君はずっと黙っちゃうし」


 少しすねたような調子でシャルは言った。


「色々考えちゃうじゃん」

「話題を探していたのだ」


 クロノは堂々と言った。


「思いつかなかった」


 一瞬、シャルは目を丸くした後、こみ上げてくる笑いをこらえきれずに「あははっ」と声を出した。


「なにそれっ。可愛い」


 これまで重たかった空気が嘘のように軽くなって、シャルの口から言葉がこぼれ落ちた。


「デートの時はあんなに完璧だったのに、思いつかないとかあるんだ」

「あの時は恋人同士のフリをしていただろう?」

「フリじゃないと口下手なの?」

「心にないことは言えないのだ」


 生真面目な顔でクロノは答えた。


「心にあること言えばいいんじゃん?」

「心にあることは全能ではない」


 きょとんとした表情で、シャルはクロノの顔を覗き込む。


「だめなの?」

「…………」


 一瞬躊躇った後、クロノは柔らかく笑った。まるで、氷が溶けたかのようだった。


「シャル。この後、俺の部屋に来ないか?」

「……え?」


 シャルは固まった。思考が追いつかない。そんな表情だ。


「えっと……」


 頬を朱に染めながら、恥ずかしそうに彼女は聞く。


「ふ、フリはもう終わったんじゃなかった……?」

「ああ。だから、フリではない」


 不思議な困惑がシャルの顔に広がっていく。


(なにこれ? なにこれなにこれっ? アタシの好みのデートシチュにないのに……!)


 大きな音が鳴っている。体の中から、なにかを訴えるように、強く。


(なんでこんなにドキドキするの?)


 シャルは自分の胸を押さえるようにして、僅かに目を伏せる。


「い、行ってもいいけど……?」


 自分の言葉に、彼女は自分で驚いた。


(なぁーんでっ!? 素直じゃないっ、アタシッ。フツーに行けばいいじゃん。なんで……!?)


 シャルは身を小さくして、上目遣いでクロノを見た。


(なんで、こんなに恥ずかしいんだろ……?)

「ならば、ともに行こう」

「え? ど、どこにっ!?」

「部屋だ」

「あ……そ、そうだよね。全然、部屋に行く感ない言い方だったから、わけわかんなくなっちゃった」


 照れ隠しのようにシャルは笑った。



 ドアが開き、クロノが室内に入ってくる。


「おジャマしまーす」


 彼の後ろに続き、シャルも中に入ってきた。


「広っ!」


 クロノの部屋を見るなり、シャルが声を上げた。


「なにこれっ? 広くない? アタシの部屋の五倍ぐらいあるじゃんっ!」

「他の部屋が空いていなかったそうだ」


 部屋が空いていなかったのはクロノが時期外れに転入してきたのが原因ではあるものの、来賓用の特等室に決まったのは学院長のロータスが気を利かせたからだ。寮が粗末なために機嫌を損ねては、中立都市が滅ぼされかねないと思ったのだろう。


「そうなんだ。えー、いいなぁ」


 と、シャルは興味深そうに室内を見て回る。


「あ、キッチンもあるじゃんっ!」


 シャルが指をさした方向には、調理用魔法具が並ぶキッチンがあった。


「そういえば、夕食がまだだったな」


 クロノが言う。


「食べていくか?」

「クロノ君、料理作れるの?」

「当然だ」

「すごっ! じゃ、オムレツとかは?」

「得意料理だ」


 クロノは全ての料理が得意料理だった。


「オムレツが好きなのか?」

「大好きっ! アタシ、明日からなにか一種類の料理しか食べられなくなる呪いにかかっても、オムレツがあるから平気だもんっ!」


 聖女と呼ばれるだけあって、シャルは呪いへの耐性が高いようだ。


「ちょうど卵がある」


 クロノは魔法冷蔵庫から、卵を取り出した。


「じゃあさ、アタシも作るっ。一緒に作ろっ」

「それはいいな。シャルはなにを作るのだ?」

「オムレツッ!」


 即答だった。


「オムレツばかりになるが?」

「最高じゃんっ」


 瞳を輝かせて、シャルは花が咲いたように笑った。


「だめ?」

「いいや。卵ならいくらでもある」


 ドンッとクロノは大量の卵が入った箱を置く。

 彼は手早く、魔法かまどに火をつけ、鉄のフライパンとまな板、包丁を二つ取り出す。バター、塩コショウなど必要な材料を用意し、調理に取り掛かった。


「クロノ君って、卵何個使う派?」

「特に何個でも問題はないのだが、シャルの好みはいくつだ?」

「何個でもいいのっ?」


 食いつくようにシャルが聞いてくる。


「全知全能だからな」

「十個っ! 十個がいい!」


 一人分とは思えないほどの量である。


「わかった」


 クロノは軽く答えて、卵十個のオムレツを手早く作っていく。それと同時に、石窯を使ってパンを焼いていた。

 一方、シャルは――


「ぎ、ぎぎ……」


 険しい表情をしながら、フライパンの中で固まっていく卵を親の仇を見るかのように睨んでいた。


「ぎぎぎ……!」


 およそ、オムレツを作っているとは思えない声がシャルの口からこぼれ落ちている。


「シャル、大丈夫か?」

「はっ、話しかけないでっ! 今、ギリギリ寄りのギリだからっ!」


 シャルは両手でぐっとフライパンを握りしめ、


「ぎっ!」


 と、オムレツをひっくり返した。



 食卓には焼けたパン、オムレツ、サラダ、紅茶が並べられていた。

シャルは自分が焼いたオムレツを食べながら、不思議そうな表情を浮かべている。


「アタシのオムレツって、なんか上手く焼けないんだよね。ちょっとパサパサになるし、ちょっと焦げてるし」


 言いながらも、彼女はクロノが焼いたオムレツを見た。


「ていうか、クロノ君のオムレツ上手すぎない? よく十個でこんなにちゃんとした形にできるねっ。見ただけで美味しいじゃんっ!」

「良いオムレツを作るには、堅い信念が必要だ。そうすれば形が崩れることもない」


 精神論であった。


「火加減とかじゃなくて?」

「そんなものは小手先の技術だ。真に重要なのは心意気なのだ」

「心意気かぁ」


 納得したようにシャルは言う。


「でも、信念はあると思うんだけどなぁ。愛情も沢山入れてるしっ。どうしたら、上手く焼けるんだろ?」

「見たところ、致命的に足りないものが一つある」


 真面目な口調でクロノは言う。


「待って。当てるっ。えーと……夢とか希望とかでしょっ?」

「火加減だ」

「火加減じゃんっ!!」


 盛大につっこんだシャルは、クロノと顔を見合わせ、二人で笑った。



「あれ? もうこんな時間?」


 壁にかけられた時計を見て、驚いたようにシャルが言う。

 オムレツを食べた後、二人は他愛もない雑談に花を咲かせていた。


「んー、なんか久しぶりに沢山笑ったぁ。最近、ちょっと疲れてたんだ」


 リュカの冤罪を晴らすために、シャルは相当危ない橋も渡っている。息抜きをする余裕もなかったのだろう。


「よく働いた後は、よく休むことだ」

「ほんとそう。でも、そういうわけにもいかないじゃん?」


 机に突っ伏しながら、シャルが言う。


「あーあ。でも、今日は帰りたくなぁい」


 微睡むように目閉じて、シャルはそう口にした。次の瞬間、びっくりしたように彼女はパッと目を開いた。


「あ、あの、違くてっ」

「シャル」


 クロノは言った。


「今日は泊っていくか?」

「……ぁ」


 あまりに堂々とした誘い文句に、シャルの心臓が大きく跳ねた。


「……きゅ、急に言われても……準備とか、あるじゃん……?」

「仕方がない。急に思ったのだ。シャルと一緒にいるのが楽しかったからな」


 そう言いながら、クロノが屈託なく笑う。


「そういう言い方はずるいじゃん」

「シャルは楽しくなかったか?」


 率直な問いに、シャルは頬を赤らめながら小さく言った。


「……アタシも楽しかった……」

「それはよかった」


 安心したようにクロノは言う。


「だけど、クロノ君とは会ったばっかりだし」

「時間が関係あるのか?」

「……ない、けど……」

「けど?」

「ないよ……」


 そう答えると、シャルは僅かにうつむいた。


「……あ、あの……」


 恥ずかしそうにシャルは尋ねた。


「……お泊まりして、な、な……なにするの……?」

「シャル」

「え、あ、えっと、だって、ちょっと、気になっちゃって……」

「無粋なことを聞く。楽しい夜に、することといえば一つだろう」


 一転して、クロノは肉食獣のような獰猛な瞳をギラリと光らせた。


(トランプだ!)


 夜通し友達とトランプをする。それは彼の夢だった。


「準備をしよう」


 クロノが立ち上がる。その腕をシャルが力なくつかんでいた。

 不思議そうに彼は振り向いた。


「あの……クロノ君……嬉しいけど、アタシ、今日は帰るね……」

「そうか」


 仕方がないといった風にクロノは言った。


「……まだ、終わってないから……リュカが、あんなことになったのにアタシだけって、そんなこと思っちゃったら、だめだから……」


 思いつめた本心を押し隠すように、頼りなくシャルは微笑んだ。


「ぜんぶ終わらせなきゃ、アタシ、前に進めない」

「わかった」


 帰り支度をしたシャルを、クロノは入口まで送っていく。

 

「今日は色々ごめんね、クロノ君。過ぎたことに、いつまでも囚われてるって思ったかもしれないけど……でも……」

「シャル、一つ言っておく」


 シャルの言葉を途中で制して、クロノは言った。


「友達が死んでも、友情が消えたわけではない。過ぎ去るわけがないのだ。お前は友情のために、今を戦っている。それが事実だ」


 一瞬、目を見開いた後、こぼれ落ちそうになる涙を必死に堪え、シャルは笑ったのだった。


「ありがと、クロノ君」


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