§.11【一年前】
過去に介入しつつも、クロノはシャルの話に耳を傾けている。
次に彼女が語ったのは今からちょうど一年前。シャルとリュカがノワール学院に入学して、しばらく経った頃の出来事だった。
「みーつけたっ」
図書館で書物を読みふけっていたリュカの後ろから、シャルがぬっと顔を出す。
「また勉強してるじゃん。そんなに本ばっかり読んでたら、頭パンクしちゃうよ」
「シャルもたまには勉強しませんか? 教えてあげますよ」
「あははっ」
と、シャルは曖昧に笑って誤魔化した。
「なに読んでるの?」
シャルがリュカが読んでいる書物の題に視線を落とす。
「えーと、魔術師オウルの館? 魔導裁判的なやつじゃないじゃん。珍しい」
「魔導裁判じゃないと言えばないんですが、魔導裁判の原初というか、たぶん参考にしたんだと思うんですよね」
「その説明がもう全然わかんないじゃん」
逃げるようにシャルは書物から離れた。
「遊びに行かない、リュカ? 商店街の方に妖精たちの宴っていう酒場があるんだけど、地下闘技場がすっごい盛り上がってるんだって! カップルに大人気のデートスポットらしいよ!」
「カップルに大人気のデートスポットに、あなたとわたしで?」
「いいじゃん。二人とも相手はいないんだし」
「あまり賑やかな場所は得意ではありません」
「えー、お願い、ママぁ」
甘えるようにシャルがピタッとリュカに抱きついた。
「ママはやめなさい」
「だって、ママじゃん。一人だけの眷属でしょ」
「シャル」
リュカは真顔で、咎めるような視線を向けた。
「いけません。誰にも知られてはならないとわかっているでしょう」
「……はぁい」
唇を尖らせながら、すねたようにシャルは離れた。
すると、リュカは読んでいた書物を閉じる。
「行きましょうか?」
「え?」
「地下闘技場が盛り上がっているんでしょう?」
「いいの?」
前のめりになって、がっとシャルは彼女の両手を握る。
「たまには二人で遊ぶのも悪くありません」
「やった! 行こ行こっ!」
ぴょんぴょんとシャルはその場で飛び跳ね、喜びをあらわにする。
「聖女様」
そんな声とともに、修道女たちがぞろぞろと図書館に入ってくる。
シャルの前までやってくると、彼女たちは丁寧に頭を下げた。先頭にいるのは、幼少期にシャルをいじめていたミリアである。
「至急、教会にお戻りを。聖女様の力が必要でございます」
うやうやしくミリアは言った。
「怪我人とか?」
「私は聞かされていませんが、恐らくは」
「そっかぁ……」
困ったようにシャルはリュカを見た。
すると、ミリアは言う。
「よろしければ、ご学友もご一緒に。精一杯のおもてなしをさせていただきます」
「……って言ってるけど?」
「一緒に行きましょうか」
リュカがそう言ってくれたので、「うんっ!」と彼女は嬉しそうに笑った。
◇
ミリアたちに案内され、二人はとある教会にやってきた。
「おお。聖女様、よく来てくださいました」
出迎えたのは老人の神父である。
「あれ? ここの教会って、オラン神父じゃなかった?」
「オラン神父はおりません。私は代理で、モリスと申します。どうぞ、よろしくお願いいたします」
モリス神父は深く頭を下げた。
「実は呪いを受けてしまった信徒がおるのです。ずいぶんと古い呪いのようで、一〇〇〇年か二〇〇〇年、あるいはそれ以上の。我々の力では手に負えず、聖女様が頼りでございます」
「やってみないとわからないけど、呪いならなんとかなるかも。どこにいるの?」
「あの奥の部屋に」
と、神父が教会の奥にある部屋を指し示した。
「ミリア。聖女様のご学友を案内して差し上げなさい」
「承知しました。どうぞ、こちらへ」
ミリアたちの後ろに続き、リュカはこの場を後にしていく。
「リュカ。すぐ終わらせるから。待っててね」
「気をつけてくださいね」
「勿論っ。後でね」
シャルはリュカに手を振った後、神父とともに奥の部屋に移動した。
入った瞬間、ぬめり気のある空気が肌を撫でる。室内が禍々しい魔力に満ちているのだ。
部屋の奥にベッドがあり、そこに一人の男が横たわっている。腹部には、ドクロの意匠が施された短剣が突き刺さっていた。
「せ、聖女様……」
シャルを見ると、男は振り絞るように口を開いた。
「大丈夫だから。じっとしてて」
シャルは制服のポケットから青いガラス玉を取り出す。そうして、ガラス玉越しにその短剣を見つめた。
「浄化」
青いガラス玉に魔力が満ちれば、同時に呪いの短剣が光に包まれる。それはみるみる輝きを増していった。光が弾けるように一気に膨れ上がった瞬間、柔らかい音を立てて、呪いの短剣は粉々に砕け散った。すべてが浄化されるように、砕け散った破片も光となって、すうっと消えていく。
「成功じゃん。どお?」
と、シャルは男に聞いた。
彼はゆっくりと体を起こす。そうして自らの手足が動くことを確認すると、シャルを見て、涙をこぼした。
「なんという奇跡。さすがは聖女様、神の子に相応しい御業。あなた様の深き信仰心に触れられたこと、生涯の宝といたします」
「あ、あははっ、大げさだってば。別にアタシ、そんなに信仰心とかないし」
「なんというご謙遜を。聖魔法とは信仰心が奇跡を起こす魔法のこと。誰にも解けない呪いを解いた聖女様の信仰心を、疑う者などございません」
「うーん……」
困ったようにシャルは頭をかく。
「呪いは解けたけど、しばらくじっとしてて。お腹の傷も治ったわけじゃないから」
「はい。ありがとうございます」
「じゃね」
深く頭を下げる信徒に、軽く手を振ってシャルはその部屋を後にした。
「えーと」
大広間に戻ってきたシャルは、キョロキョロと辺りを見回す。
「どうしました、聖女様?」
彼女の後ろから、モリス神父が声をかけてきた。
「リュカはどこにいるのかなって」
「ああ、彼女ならもうここにはおりません」
「え?」
不思議そうにシャルが振り向いた。
「魔導裁判所から協力要請があったのです。彼女、リュカ・エンディミオンがオラン神父を殺した、と」
そんなはずがない、とシャルがどれだけ訴えようとも、リュカはすでに魔導裁判所に連行されていった後だった。




