8話 勇者は逃亡しました
俺と少女は、人形とボルズが繰り広げる戦闘を外から眺めていた。
人形が繰り出す一撃は、あのボルズでさえ無視できるものではないようで、極力攻撃を受けないように立ち回っている。
対する人形も、ボルズが振るう黒色の大剣の直撃には耐えられないようだった。
拮抗しているように見える戦況──だが、着実に両断されて動かない人形は増えている。
……追加で人形を作る余裕は無さそうだし、これ以上数を減らされたらやばいか?
「悠長にはしてられないな。その魔道具はいつ作動する? 効果範囲も教えておいてほしい」
「マナの供給は残り二、三分ってところじゃの。お前も一緒に移動するには、発動するタイミングで、わしに触れている必要があるが……」
少女が苦々しい目でボルズに視線を送る。
それまでに、あいつを抑え切れないということなのだろうか?
「他の兵士に使っている魔法で拘束できないのか?」
「あやつは魔法抵抗が上がる装備を重ねがけしておる。普段なら押しきれんこともないのじゃがのう」
今は厳しい、と。
「発動前に合図は出してくれるんだよな?」
少女が頷いたのを確認すると、俺は持ってきた荷物と、透明化したルルを少女の足元に置く。
そんな俺の行動を見て、少女は驚いたように目を見開いた。
「魔族のわしを信用するのか?」
「ここから逃げたいのは俺も一緒だ。こうなった今、俺が助かるためにはお前に賭けるしかない。……俺を置いて行ったりしてみろ、一生恨むつもりでいるからな」
正直な気持ちを吐き捨てると、魔族の少女はくすりと笑う。
「安心せい。わしは嘘はつかん。じゃが他の兵士達も動きを止めているだけじゃ。マナが溜まりきる直前に、奴らも動き出すじゃろう。それも頭に入れておけ」
「……これ以上悪いニュースは聞きたくなかったよ。怪我しない程度に、出来るだけ時間を稼ぐから、泥舟に乗ったつもりで見守っててくれ。お前は──」
「お前とな……無礼じゃぞ。わしの名はイリア・ヴァーミリオン。偉大なる魔王候補者の一人じゃ」
少女が俺の言葉を遮るように名乗る。
……大仰なその肩書きには触れないことにして。
「俺の名前は……カズヤだ。歳は……二十でいいや」
「お主はわざとわしから怪しまれるようにしておるのか?」
訝しげな目で見てくるイリアに、偽名じゃないと返す。
ここから脱出できたら晴れて自由の身。
エリオットなんて名は捨てた方がいいだろう。
「じゃあ行ってくる!」
緊張をほぐすように大きく息を吐くと、俺はエルグの元まで駆け出した。
人形に手一杯のボルズを、横から無言で切りつける。
模擬戦用の刃を潰したものなので、直撃しても大した痛手にはならないだろう。
それでも、味方であるはずの人間からの攻撃を受けたことで、ボルズは激しく動揺していた。
ボルズは戦闘訓練の教官だ。
顔を隠しているとはいえ、俺の稚拙な攻撃を見て、正体がバレるかもしれないと少し焦ったが……
「まさか、身内に裏切り者がいるとは。貴様! 名を名乗れ」
想像以上に馬鹿で良かった。
ダンマリを決め込む俺に向かって、エルグは所属と名前を何度も問いただしてくる。
俺はボルズの罵声に反応せずに、ちょっかいをかけるように突っ込むふりをして……離脱する。
こちらの狙いなんて知らないボルズは、面白いくらいに俺を警戒していた。
時間を稼げればそれでいい。
そう自分に言い聞かせながら、ボルズの足止めに徹していたが……俺の待っている武器の弱さがバレてしまった。
エルグはニヤリと笑うと、俺を後回しにして人形を優先してしまう。
……またしても武器の差だ。
手にしているのが真剣であれば、このような結果にはならなかったかもしれない。
まあ仮に、殺傷能力の高い武器を持っていたとしても、人間相手に振るう度胸はないだろうけど。
「久方ぶりにまともな相手とやりあえると思ったら……。貴様のような未熟者に構ってる暇はない!」
……我慢だ。我慢。ハゲの挑発は何度も聞いてきた。
今さら、心揺さぶられることはない。
ボルズは戦技を使って人形をまとめて吹き飛ばすと、そのまま大剣の切先をこちらに向ける。
「さては貴様、セレスティアの手の者だな! 混乱に乗じて、聖女に手を出すつもりだったのだろう? その浅ましい魂胆、見え透いておるぞ!」
馬鹿はこちらに侮蔑の視線を送りながら、斜め上の方向に考察を始める。
その考察は、奴の中ではすでに動かぬ真実となっているようで、ついには名も知らないセレスティアとやらを煽りだした。
本気でこんな挑発に意味があるとでも思っているのだろうか?
だとすれば、随分と頭の悪い──
「そんなおもちゃで挑んできおって! セレスティアは随分と人手不足らしいな。こんなことをする暇があるなら、下町で荷運びでもして、まともな獲物を用意してこい!」
気がついたときには、俺の手は近くで倒れていた人形の足をつかんでいた。
怒りに突き動かされるまま、縦に両断された人形の残骸を全力で振り抜く。
「――下町に出られるのなら、こんな真似してねえんだよハゲタコ!」
「なぁっ! 貴様まさ……グゥッ」
ボルズの大剣が人形の体を両断するが、切り離された上半身がエルグの鳩尾に直撃する。
ボルズはそのまま、城の中へと飛ばされていった。
「よし! やってやったぞ。窮鼠猫を噛むって奴だ。ざまあみやがれ!」
「おい、そろそろマナが溜まるぞ」
「やばい! 今行く」
少女の言葉を聞いて、俺はすぐさま少女の元へ駆け出した。
さっきの忠告通り、それまでぴくりともしなかった周りの兵士の体が、ゆっくりと動き始めている。
少女に触れる直前、視界の端で一人の兵士がこちらに手を向けているのに気がつく。
手を向ける兵士の口角が、わずかに上がっていき……
嫌な予感がした俺は、咄嗟に少女の体を抱き寄せながら地面に倒れ込んだ。
地面にぶつかる直前、何かが俺の肩を掠めるようにして飛んでいく。
「……雑兵の中に魔法使いがいたのか」
少女が俺の腕の中で舌打ちを漏らす。
体を起こした俺の目に入ってきたのは、一斉に剣を抜き放つ兵士たち。
どうやら、拘束は完全に解けてしまったようだ。
こちら側についた時点で、もはや手心など期待しても無駄だろう。
……時間切れ、そんな言葉が頭に浮かんだ。
俺は荷物ごとルルを回収して、庇うように抱き寄せる。
カタカタと震える腕で剣を構えると……
「泥舟にも乗ってみるもんじゃのう」
俺の首元に少女の手が触れる。
次の瞬間、魔道具が光を放った。
青い空に白い雲。下を向けば木々が小さく見えている。
少女の言う通り、転移には成功したが……何故か俺たちは遥か上空へと飛ばされていた。
俺は嵌められたのだろうか?
狼狽える俺の横で、少女は冷静に分析を始める。
「やはり短期間での行使には限界があったか。これはいい勉強になった」
「何でそんなに呑気なの? こっちは絶体絶命なんだけど!」
同じように落下しているというのに、イリアは欠伸をする余裕すら見せていた。
重力は地球にいた時と変わらないようで、社員旅行(強制自腹)に行った時に、無理矢理乗せられたバンジージャンプと同じような感覚が全身を駆け巡る。
ましてや今回は命綱なし。恐怖も倍増だ。
「死ぬ! 絶対死ぬ! こんなことなら社畜のままでいるんだった!」
絶対絶命の状況。無様に手足をばたつかせても、落下するスピードは変わらない。
諦めかけたその時、聞き馴染みのある声が頭に響く。
『きゃー。ルル、とんでるよ』
ルルも一緒に転移できてたのか──
慌てて周囲を見渡して……あんぐりと大きく口を開けて固まる。
荷物の上にいたはずのルルは、何故か少女の角に捕まっていた。
興奮のあまり透明化は解けており、両足を広げて今の状況を楽しんでいる。
少女は突然現れた魔獣の存在に目を見開き。
「……なんじゃこいつは?」
「ごめん! 本当ごめん! 後でいくらでも謝るからさ、その子を頼めるか?」
顔を引き攣らせながらルルを回収して、少女に差し出すと、拒否することなく黙って受け取ってくれる。
だが、俺の記憶はそこまでだった。
恐怖のあまり意識が遠のいていく……




