6話 敵の敵は
人の行き交いが完全に途絶えたのを確認すると、かき集めてきた荷物に手を伸ばす。
持っていくものは、残っていたクソ不味い食料と、部屋に置かれていた着替えくらいで、薄いシーツにまとめて包むようにして、背中にくくりつけた。
最後に、刃を潰した訓練用のボロ剣を腰に添えて、立ち上がる。
準備が出来たのがわかったのか、ルルが嬉しそうに尻尾を振りながら、俺の首にしがみついてくる。
『もういいの?』
「……もう近くに人は居なそうだからな。逃げ出すなら今しかないと思う」
鐘の音が途絶えてしばらく経っていた。
戻ってきた衛兵に気がつかれる前に、どうにかして城から抜け出さなければ……
「脱出が無理そうなら、ルルだけでも逃げろよ」
『おそとじゃないの?』
一緒に着いてくると言って聞かないルルは、不思議そうに聞き返してくる。
「外に行くつもりだけど、捕まる可能性もあるからな」
その後はどうなるかわからないが、少なくとも逃げることのできないような状況に置かれるのは容易に想像できた。
そうなってしまった俺についているのは、ルルにとっても危険が大きい。
『ご主人がんばって』
本当にわかっているんだろうか?
呑気な応援を受けた俺はため息を漏らし、勢いよく扉を開いた。
脱出は時間との勝負になると考えていたのだが、誰にも出くわすことがなかった。
あんまりにも上手くいきすぎて、罠のようにも感じてしまう。
「何が起きてる?」
出口まで残り半分まできたところで、再び大きな鐘の音が鳴り響く。
それは、等間隔で鳴らされていた先ほどまでとは違い、どこか不規則なリズムだった。
「これは好都合だな。音でバレる心配はなさそうだ」
『うるさい』
ルルが嫌そうに呟くと、俺の頭に顔を押し付ける。
軽く息を切らしながらそのまま走り続けていると、目標にしていた扉の前で、大きな人だかりができていた。
「……何だあれ?」
剣や槍を手にした兵士達が、人型の人形のような相手と戦っている。
戦っている場所といい、兵士たちの雰囲気を見る限り、訓練でやっているようには見えないが……
人形の数は十体程度で、兵士はその三倍はいた。
しかし数的優位にも関わらず、苦戦しているのは人間側のようだ。
人形を切りつけても、小さく傷をつけるだけで動きが止まることはなく、逆に人間側は振り払った拳の一撃で、簡単に宙を舞っている。
どうしたものかと立ち止まって悩んでいたが、こんなチャンス二度とこないかもしれないと思い、勝負に出ることにした。
俺が目指すのは通用口らしき小さな扉。
せめてもの対策として、転がっていたぼろぼろの鎧兜を装着して顔を隠し、入れ替わり立ち替わりで動く戦闘の場に踏み込んだ。
他の兵士達がこちらに視線を送ってくるが、暴れる人形の対処に追われて止められることはない。
俺は無言でそのまま駆け抜けると、扉に向かって肩から突っ込んだ。
鈍い音と共に蝶番が砕け、扉が勢いよく吹き飛ぶ。
捕まる前にそのまま進んで脱出を成功させれば……外では何故か大量の兵士が四つん這いになっていた。
「チッ! ゴーレムを抜けてきたか」
声の先に視線を送ると、白目を向いた兵士を椅子代わりにしていた少女がこちらを睨みつけてくる。
「え? 何のプレイ?」
思わず疑問が漏れる。
少女は小学年低学年くらいの風貌ながら、目鼻立ちはお人形のように美しく整っており……炎のように鮮やかな赤髪の中からは、二本の可愛らしい角が生えていた。
あの角がコスプレなどではないのであれば、彼女は別の種族といったところだろうか。
彼女の着ている服はぼろぼろで、ところどころ焼けこげている。
恐らく、この混乱を生み出した元凶なのだろうが……
少女は立ち上がると、舌打ち混じりにねじくれた杖をこちらに向ける。
すると、俺の前方にあった扉の残骸がガタガタと動き出し、人型の人形へと変化していった。
「出て行くだけじゃというのに、絡んできおって……」
「絡む? 俺は自由に……待ってくれ! 俺はあんたと争う気はない!」
「そんな言い訳が通用するか。お主もそ奴らの仲間であろうが」
少女が顎をしゃくって四つん這いの兵士をさした。
不思議と兵士たちに怪我らしい怪我はなさそうに見えるが、彼らは四つん這いの体勢からぴくりとも動かない。
「ちょっと! 勘違い! 勘違いしてるからっ!」
動き出した木の人形が繰り出す、大ぶりのパンチを避けながら説得するが、少女は聞く耳を持たなかった。
必死で回避する俺を見て、少女は不愉快そうに眉を寄せる。
少女が杖を掲げると、今度は空中に光の線が浮かび上がった。
少女の頭の上に、幾何学的な模様が完成すると……
「わしが脱出するまでの間、大人しく寝ておれ」
【フェイタルバインド】
少女が描いた模様が動き出し、中心から黒色の鎖が出現する。
少女が杖を振るうと、鎖は蛇のようにうねりをあげてこちらへと伸びてきた。
嫌な予感がした俺は横っ飛びで回避しようとするが──脇から飛び出してきた何かに体当たりされて、元の位置に逆戻り。
見ればそれは、入り口付近で兵士と戦っていた人形の一体だった。
「くそっ! 邪魔だ、このマネキン!」
少女から一瞬意識が途切れる。音もなく忍び寄った鎖が、俺の心臓へと突き刺さった。




