5話 非常事態発生
ルルと暮らし初めて一週間が経過した頃になる。
悪化する訓練内容と娯楽のない生活に……俺は限界を迎えた。
「よし、もう無理だ。ここから逃げよう」
『おそと? わーい』
今までの恩があるとか、訓練に辛さはつきものだとか、第三者からすれば何勝手なことを言っているんだと思われるかもしれないが、それでも俺は限界だった。
模擬戦をすることがなくなって、代わりにひたすら走らされるのは苦痛そのものである。
最初のうちは我慢していた。泣き言ひとつ言わずに耐えていた。
今後のために盗める技術は盗んでおきたかったし、少なくとも意味のある訓練なんだ、と自分を無理やり納得させて……
自分は何のために努力しているのだろうか?
そう思うようになってから、やる気を失うのに時間はかからなかった。
ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべながらこちらを見てくる教育担当(監視とも言う)に感じるのは、理不尽な命令に対する恨みだけだ。
とあるスポーツ選手の特集をテレビでしていた時、選手のコーチ役が終わりぎわに出てきて「あの時の地獄のコーチングがあって今がある」と話していたのを覚えている。
実際問題、階段を登りきる強い心を持っている者たちにはそうなのだろう。
一段一段、踏み外すことなく登りきり、世界で結果を残すようになる。
それを踏まえて断言しよう。俺はそのような気概は全くもって持ち合わせていないと……
この国に対して愛国心を抱いているわけではなく、身寄りすらいない孤独の身。
そんな人間を雑に扱って、やる気を失うのは必然。
神が定めた真理である。
ブラック企業で務めた結果、努力が報われたことはなかったし、今やっていることはそれと変わりない。
必死で頑張ってノルマを達成すると、次はそれを超えることが当たり前になっていて、やりがいなんてものはどこにもなかった。
「社蓄の恨みをナメるなよ」
『なめたらダメ?』
「ルルに言ったんじゃないから。好きに舐めな」
『うまうま』
目を潤ませながら聞いてくるルルに訂正すると、早速とばかりに俺の指を甘噛みしてくる。
この行為で、何かしらの栄養を補給できているんだとは思うけど、餌代わりはちょっと複雑な気分だ。
「そうと決まれば、やり方を考えないとな」
一番いいのは国の許可を得て外に出ること。
だが、それが不可能に近いのは、厳重な城外への外出禁止の現状でわかっている。
城の入り口にもそれなりの見張りを用意しているだろうし、こっそりと脱出することは不可能に近いだろう。
なので、一番現実的な案は城に出入りする業者に隠れて脱出することだ。
国王が住まう城なので相当なセキュリティだと思うが、頑張って隠れ切ることができたら晴れて自由の身である。
でもまあ、部屋にいないことがバレない前提の話ではあるのだが……
「ルルの姿を消す力って俺に使えないか?」
『やってみる!』
頼られたのが嬉しかったのか、ルルは食い気味に宣言する。
数十秒後、ルルの魔法は確かに成功した。
「うん。自力で隠れるしかないな……」
『おなかすいた』
ルルは俺の右手の人差し指に食いつくと、甘噛みを始めた。
視線を落とせば、左手の中指だけが綺麗に姿を消している。
指一本。それだけが今のルルにとって、消せる限界のようだ。
こんなの責任取らされる前のヤクザくらいしか、有効活用できやしないだろう。
手伝ってくれたルルの頭を撫でてあげると、目を瞑り、もう一度計画を練り始めた。
――――――――――――――
それから三日が経過した。
空いた時間に周囲の様子を探った結果、脱出はかなり絶望的な場所に俺の部屋があることがわかった。
俺が住まう部屋は城の中心にあり、いつも使っている訓練場も同じような位置にある。
そして、唯一確認できた出口は、一番大きな正門だけで、俺の部屋からかなり離れた場所にあった。
それに加えて……
「警戒され始めたよな」
疲労困憊で自分の部屋に帰って休むことしかしていなかった人間が、突然城内を散歩し始めたのだ。
セシリアからは回りくどい言葉で目的を探られ、訓練外は監視の目がつくようになってしまった。
そして、訓練内容も俺に余計な真似をさせないようにか、体力の全てを絞り出させるように悪化して、毎日のストレスも爆上がりである。
ルルの回復の力と愛らしさがなければ、俺の心はもうすでに壊れてしまっていたことだろう。
胸の上で透明化したまま眠っているルルを優しく撫でてあげると、甘えるように体をこすりつけてくる。
『いっしょに……おそと』
「……そうだ。諦めてなんかいられないよな。俺は絶対ここから逃げ出してやるぞ。ルルと一緒に自堕落な生活をして過ごすんだ!」
そんな情けない覚悟を決めた、その時だった。
どこからか鳴り響く鐘の音。
頭まで響くような爆音が、間をおかずに何度も繰り返される。
国王が住まう王城で、こんな早朝から爆音を鳴らす意味……
「何が起きてる?」
様子を伺うために、こっそりと扉を押し開く。
空いた隙間に顔を寄せれば、何やら慌ただしく走り去る衛兵の姿が見えた。
「──ここも危険かもしれません。お役目は一旦終わりにして、貴方も避難してください」
「……良いのですか?」
すぐ近くで話しているのは交代で控えている侍女の一人で、同じく見張り役をしている衛兵の男が深刻そうな声色で話している。
二人はしばらく会話を続けると、一緒にここから離れて行ってしまった。
会話の後半は聞き取ることは出来なかったが……《《避難》》って言ってたよな?
だとすれば、何らかのトラブルが発生したと考えて良いだろう。
彼らが向かった先は、正門からみて反対方向だったけど……
予期せぬ出来事に、俺はごくりと生唾を飲み込んだ。
避難する侍女に、慌ただしく移動する衛兵たち。
そうとなれば俺のやることなんて、一つしかないだろう。
「……脱出チャーンス」
衛兵に協力? 何それ? 俺にメリットあんの?




