21話 邪神の使徒
俺の火事場の馬鹿力を見て、疑いの目を向けるイリアだったが、それは先日教えてくれた話と矛盾していた。
「契約も何も、神様は天界に帰ったんじゃなかったのか?」
「一部の者に与えられた加護は剥奪されずに残った、とも説明したじゃろう。次代に加護を受け継ぐことはなかったが、それでも奴らの子孫には時折り異常な力を持った存在が現れる。わしが疑っているのはそれと……お主が邪神の使徒ではないかということじゃ」
イリアの冷たい視線が突き刺さる。
親の仇の如く睨むイリアに、慌てて訂正をいれる。
「誰とも契約してないって! 借金も、前科も、貯金も何もない、善良な一般市民だぞ俺は。いやまあ、ルルと契約してるってことにはなるかもだけど……」
「……それは善良な市民とは言わん」
正直に答えると、イリアが呆れたように突っ込みをいれる。
口調は変わっていないが、さっきより少し険が取れているようにも見え、ほっと安堵の息を吐いた。
「それに、邪神は奈落ってとこに封印されてるんだろ? 神様の加護はそんな状況でも、ポンポンつけれるのか?」
邪神との戦いは遥か昔に終わったことだ。
そんなに簡単に加護をつけれるのなら、他の神々がまとめて天界に還ったりはしないだろう。
「邪神の使徒が厄介とされていた理由はそこにある。邪神は恐怖と絶望を糧にして成長していく存在じゃ。そしてその権能は、使徒である暗き者どもにも受け継がれておる」
「えっと……わかりやすい説明プリーズ」
「ここまで言ってもわからんのか。そっちの獣の方が知能が高いのではないか?」
「ルルさんまだお腹空いてる? お腹空いてたらイリアからちょっとつまんで……」
「お前諸共処理しても構わんのだぞ?」
「冗談ですやん。イリアさんも大人なんだから馬鹿の戯言は流さないと」
どうやら俺の言葉は逆効果だったらしい。
イリアは青筋を立てて震えている。
救援要請を受けたルルは、俺の手から口を離すと。
『おなかいっぱい』
「そうか。満腹なのはいいことだ。じゃあ次はイリアに媚を売ってみようか。ほら、イリアの怒りを収めて……待って、寝ないで! 俺を一人にしないで!」
儚い望みだったのか、頼みの綱の援軍は夢の世界にその身を投げた。
腕の中で眠りに入ったルルを見て、俺は自分の不利を悟る。
ルルの愛嬌に訴えかけないと勝てない戦いだったのに、この後どう戦えというのか。
イリアは愛くるしい顔で眠るルルへと視線を落とし、小さく息を吐く。
「……まあ幻獣に好かれておる奴を疑っても仕方ないか」
「何だか俺は美味しいらしいな。羨ましい?」
「何でお主はそんなに適当なんじゃ。仮にも相手は異種族なんじゃぞ?」
「適当ってわけじゃないけど、ルルには世話になったからな。マナの一つや二つ、食べたいなら喜んであげるよ。それにこれからは、楽観的に生きるって決めたんだ。だいたいのことは、自分の好き嫌いで判断していこうって思ってる」
俺の社畜脱却宣言を聞いたイリアは頭を抱えている。
何でこんな奴と一緒に……なんて言葉が聞こえてきた気がしたが、多分気のせいだと思うので、深く考えることはせずにルルを愛でることに没頭した。
「……お主に話していなかったら、後で問題起こされそうなんで、ちゃんと説明しておく。耳かっぽじって聞いておれ。邪神の使徒は他の使徒とは違い、膨れ上がった力を他者に分け与えることができるのじゃ」
「分け与えるってことは、世代を跨げる力があるって話だよな……。だとすると、邪神の使徒って奴は結構多いのか?」
「……それは、わからん。奴らはほとんど表に出てきてはおらんのだ。魔族としても、何世代か前の魔王が邪神の使徒だったことはあるが……」
「魔族にもいたのか。そいつはどうなったんだ?」
「他の魔族が一丸となって討伐した。その後は一族関係者皆殺し……なんて顔をしておる。これはごく普通の対処の仕方なんじゃぞ」
顔を引き攣らせる俺を見て、イリアは一瞬驚いたような顔を浮かべたが、すぐにいつもの表情に戻る。
「使徒の可能性があるからってことなのか」
「……表向きはそういうことになっておるが、実際は見せしめじゃ。次なる邪神の使徒が出ないように、厳しく取り締まらなければならん」
「身内に使徒がいないってわかっていたのか?」
「加護を分け与えたら、他者を強化できる反面、相応に弱体化する。そして、当代の魔王は他の魔族が寄ってかからねば倒せないほどの強敵だったのじゃ」
そんなデメリットがあったのか。
だとすれば見せしめという言葉も納得する。
「俺としては邪神になんて興味ないし、ぶっちゃけ他の神様も特に信仰はしてないよ」
「なるほど、無神論者か。変わっておるの」
「そうなのか? でも、実際に神様に会ったりすれば、変わるかも、くらいの適当な考えだから」
実際に神の力を行使した人間がいるこの世界では、神への信仰は自然なことなんだろうな。
話を終えて、洞穴に戻っている途中、俺はイリアの頭に目が止まる。
彼女の綺麗な金髪が、根本から徐々に白く変化していっていた。
「髪色変わってるけどそっちが本当なのか? 真っ白で綺麗だな」
「――なっ! まさか⁉︎」
俺の言葉にイリアはびくりと反応し、召喚した杖をこちらに向けて攻撃体勢に入った。
……どうやら女性の容姿を褒めるのは、こちらでもセクハラに当たるのかもしれない。




