13話 夢か現か
まるで無重力になったかのように、俺の体は薄暗い空を飛んでいた。
……これは夢なのだろう。
ぼんやりとした頭でそう推測すると、流れに身を任せてしばしの空中遊泳を楽しんだ。
自らの意思で飛ぶことはできず、あっちに行ったり、戻ってきたり。
なんとも不思議な感覚に身を委ねていると──突然、俺は頭から地面へ向かって急降下を始める。
「――あぶッ! 嘘だろ?」
俺の体は地面にぶつかることなくすり抜けて、暗闇の中をただただ進んでいく。
言いようのない恐怖に襲われて、必死で夢から醒めようと強く念じるが、現実に引き戻されることはなかった。
バタバタと手を動かして止まろうとするが、俺の腕は空を切り、まるで何かに引き寄せられているかのようにスピードを上げる。
久しぶりに見た夢がこれか、と絶望しながら、目を瞑って耐えていると、俺の体が突然止まった。
急加速からの急停止。そこまで再現しなくていいのに、内蔵が浮き上がる感覚に眉をしかめる。
「……あれは何だ?」
目を開けると、視界一面に薄暗い霧が立ちこめ、見たこともないほどの巨大な門が建っていた。
前世と合わせてもこんなに大きな門は見たことがなく、閉じられた扉の片側だけで少し大きめのメリーゴーランドくらいはありそうだ。
門には複雑な紋様がびっしりと彫られており、ほんのりと発光している。
全身を襲う恐怖を押し殺し、門の方に向かって歩いていくと、閉じられた門の前に誰か座っているのが見えた。
座っている者は体育座りをしながら俯いていて、表情までは伺えない。
「あの……すいません」
俯く誰かに声をかけるも返答はなかった。
恐る恐る肩に手を伸ばすが、地面にぶつかりそうになった時と同じように、俺の体はすり抜けてしまう。
革鎧を着た誰かはゆっくりと顔を上げると。
「まさか本物の勇者なのか?」
目の前の男は今の自分と全く同じ顔をしていた。
男は中空を見つめたままぼんやりと固まっていたが、急に表情を変えて立ち上がる。
「――繋がったのか! くそっ!」
男が地面に手をつき何かを呟くと、俺の体はさっきと逆再生しているかのように引っ張られていく。
一瞬にして勇者らしき男の姿は見えなくなり、最初にいた空中まで戻ってくると……
そこでようやく目が覚めた。
自分が誰かに担がれていることに気がついて、ゆっくりと視線を巡らす。
俺はなぜか、後ろ手で縛られており、イリアが作った土のゴーレムに担がれながら移動していた。
「ようやく起きたか寝坊助。こっちは大変じゃったというのに、いいご身分じゃの」
「こんな運び方するから、あんな夢見るんでしょうが! 俺がどんな悪夢見せられたかって……あれ? どんな夢だったっけ?」
何か変な夢を見ていた気がするが、何一つ夢の内容を思い出せなかった。
「びっくりするではないか! 急に大きな声を出すでない! それに今は静かにしておれ。少々厄介なことになった」
「ごめん、ごめん。厄介なことになったって何があった? それとルルがいないようだけど……」
『ご主人、たすけて〜』
言葉とは裏腹に、どこか楽しげなルルの声が頭に届く。
いつもなら俺の体のどこかに引っ付いているはずだけど……
「ルルはどこにいる?」
「……罰を受けておる」
「罰?」
何か気に触ることをしたのだろうか?
俺を担いでいるゴーレムが、少しスピードを上げて振り返る。
首を上げてイリアの方を見ると、なぜかルルはイリアを乗せているゴーレムの頭に、草で作られたベルトのようなもので巻かれて固定されていた。
「もしかして、イリアの上で粗相しちゃったとか?」
「そのまさかじゃ。……このど阿呆は、わしのマナを食い散らかしおった」
イリアはわなわなと震えながらルルを指差す。
てっきり寝ているイリアの上に、用をたしてしまったのかと思ったが違うようだ。
彼女の話によると、マナは魔法を使うためのエネルギーのようなものらしいが。
「マナを食った? そうか、魔獣はマナを食べるのか……」
「そんなことも知らずに一緒に行動していたのか?」
イリアは呆れたようにため息を吐き、飼い主失格じゃと告げる。
王城では、この世界の常識すら調べることができなかった。
聖女たちからはそれを望まれていたので仕方ないことだが、自由になった今、早めに勉強しなければいけないだろう。
「俺は記憶喪失で自分の名前以外ほとんど覚えていないんだ。だからルルがイリアに悪さをしちゃったのは、日頃から言い聞かせてなかった俺の責任だ」
「本当に変わっておるのお主は。まあいい。早い段階で止めたからそこまで怒ってはおらん。それにしても、記憶喪失か……」
イリアは苦い顔で呟くと、横にあるルルのお尻にデコピンを放つ。
イリアの軽いお仕置きを受けてもルルは気がついておらず、かなりの速度で動いている景色に夢中だ。
「もしかして、俺が寝ている間に魔獣が襲ってきたのか? ごめん。見張りくらいは頑張ろうと思ったんだけどさ」
「魔獣も馬鹿じゃない。あれだけの魔獣が一度に倒されたんじゃ。二、三日は近寄ってこんよ……」
互いにルルに視線を送る。
興味深々な様子で近寄ってくるルルの姿が頭に浮かび、二人して大きなため息を吐いた。
「じゃあこんなにも急いで移動する理由があったのか?」
「……人が入ってきたんじゃよ。恐らく冒険者の類じゃろうが」
「それは朗報ってことでいい?」
イリアは魔族であり、人とは敵対関係にいると聞いた。
眉をしかめるイリアに恐る恐る聞くと「気絶させて移動した」と、返ってきた。




