11話 イリアの魔法
転移に成功して数時間後。
俺は森の中を一人で駆けていた。
足場は安定していないが、気温はそれほど高くなく、気持ちのいいマラソン日和だ。
……なんて現実逃避は置いておいて、足は止めずに背後を確認する。
木々の合間を縫うように、俺を追い立てる獣の群れ。
ちらりと確認しただけで、十匹は超えていた。
「何がひとっ走りして魔獣を釣ってこいだ〜! こんなデカい魔獣がいるなんて聞いてないぞ。荷が重すぎるだろこれ! それに、なんで仲間割れしないんだよ。くそっ! 律儀に追いかけてきやがって!」
狼のようなものから、熊のような大型のタイプまで勢揃い。
訓練で倒していた小動物たちはどこにもおらず、見たこともない大きさの個体が集まってきていた。
俺が何かしたのか、と思うほどの食いつき具合に、頭が痛くなる。
「ダーリャっしょ!」
言葉にならない叫びを上げながらスピードを上げる。
無我夢中で走り続ければ、木々が伐採されて開けた場所が見えてきた。
「死ぬかと思った!」
中に入り、スピードを緩めつつ奥へと進んでいく。
地面に目印が書かれてある位置で立ち止まり、覚悟を決めて振り返る。
少し後に現れた大量の魔獣たちが、俺の元へとまっすぐに走ってくるが──
「えっと……これ大丈夫だよね? 失敗してない? おしっこちびりそうなんだけど!」
「お前は本当にうるさいのう。静かに待っておられんのか」
背後の樹上からイリアの声が届く。
一匹、二匹と進んでくる中、突然地面が崩れて魔獣たちが落下していった。
期待していた成果に、俺はほっと胸を撫で下ろす。
この広場と大穴はイリアの魔法で作られた即席の狩場。
それとわからないように、薄く地面を固定してカモフラージュしていたのだ。
いい感じにふいをつけたようで、魔獣の大半は穴の中に消えていった。
しかし、これで一件落着とはならず、後ろの方を走っていた熊の魔獣はギリギリのところで踏みとどまっている。
役目を終えた俺は、敬礼をしながら応援を求めて。
「隊長! 前方に生き残りがいます! 物凄く怖いです!」
「……誰が隊長じゃ。これで仕上げじゃ」
イリアが指パッチンを鳴らすと、無造作に転がってある大木が変形して起き上がる。
太い枝が腕のように伸びていき、残る魔獣を背後から強襲する。
予期せぬ攻撃に魔獣は逃げることもできずに、穴の中に落ちていった。
「……こんなに大きい動物を見たのは、子供の頃に行った動物園以来か。熊はわかるけど、狼とかも大きすぎだろ」
『おおきい!』
「ルル、あんまり身を乗り出すなよ。落ちたら怖いから」
尻尾をぶんぶんと振りながら、覗き見ているルルを持ち上げて回収する。
一口で食べられそうなルルは、巨大な魔獣に怯えることなく興味深々だ。
「すごい迫力だな」
穴の底では魔獣たちの咆哮が飛び交い、ついには喧嘩を始めている。
このまま放置すれば、勝手に数を減らしてくれそうではあったが……
「じゃあ後はお前が処理しろ」
「え? イリアが倒すんじゃないのか?」
今回の目的は当面の食糧の確保と、金になるらしい魔石の回収だ。
どこに転移したかわからない以上、換金できる素材と食糧の確保は急務である。
その言葉に俺も納得し、言われた通りに仕事をこなしたのだが、流石に魔獣集まる穴の中でバトルロワイヤルを繰り広げる度胸はなかった。
「……お主でも解体くらいはできるであろう?」
「刃を潰している訓練用の武器しか持ってないって言ったろ?」
解体が苦手だなんだと言ってられないことくらい俺でもわかる……が、ただでさえ素人作業なのに、まともな道具がないと失敗する未来しか見えなかった。
イリアは俺の言葉を受けて、腰にかけていたポーチから宝石で装飾されてあるナイフを取り出した。
「使っていいのか?」
「終わったら返せ。これは大事なものだ」
「凄い高そうだけど、確か魔王候補者って言ってたな……。それって、人で言うところの貴族みたいなものなのか?」
「そんなものと一緒にするでない。魔王候補は力の象徴じゃ。本来ならお前程度の存在は、話しかけることもできないような高位の存在なのじゃぞ?」
「よっ! 流石魔王様はオーラが違う!」
何度も言うがイリアの見た目はただの小学生だ。
イリアは俺の称賛(お世辞ともいう)に、まんざらでもなさそうな表情を浮かべると、ねじくれた杖で先ほど動かしていた大木の方へ向ける。
彼女が杖を振るうと、大木は根っこを足代わりにしてどしどしと歩き、大穴に蓋をするように倒れ伏した。
さっき教えてくれたのだが、イリアは木や土などの意思なき存在に仮初の命を吹き込む(ゴーレムを生成する)魔法を得意としているらしい。
なので、そのゴーレムが下に降りて戦うのかと思っていたのだが、違うようだ。
何をするのかと首を傾げていると、イリアは間髪あけずに魔法を使って大木に火をつける。
「燃やしてしまうのか?」
「毒で殺すだけじゃ。お主はそれを抑えておれ」
『さわっていい? さわる』
「あれに触ったら怪我しちゃうぞ。ルルはここで眺めてような」
『えー』
突然始まったキャンプファイヤーに大興奮のルル。
今にも手から抜け出しそうな体を抱え直して保護する。
ルルは一瞬だけ抵抗するも、力の差に諦めたようで俺の指の甘噛みを始めた。
食欲に負けたのか本格的な食事に入ったことを確認すると、燃え盛る大木に目を向ける。
生木は燃えにくいと聞いたことがあるが、大木はそんなこと関係ないとばかりに輝きを放っている。
立ちのぼるはずの煙が、不自然な動きで穴の中に流れ込んでいるのを見て、イリアの言葉を理解した。
不思議と木々の燃える匂いがほとんどしないのも、イリアが空気の流れを操作しているからなのだろう。
この世界がどのくらいの文明レベルなのかはまだわかっていないが、聖女の回復魔法や、城で見かけた生活道具で活躍しているのは魔法による力だった。
回復魔法が科学的な根拠に基づいて使われていないのは、痛いの痛いの飛んでいけ程度の認識で使っているルルが証明しているし、聖女も俺の体を調べて回復している様子ではなかった。
だから地球でも近代になって科学的に認識され始めた、《《一酸化炭素中毒》》は彼女の言う通り毒として知られているに違いない。
大木が燃えているのをぼんやりと眺めていると、限界がきたのか、大木が半ばから崩れて穴の中に落下してしまった。
それと同時に、狼の魔獣が一匹穴の外に跳び上がってくる。
「まさかあれを足場にしたのか?」
狼の魔獣は足の先に火がついており、煙を吸い込んで今にも満身創痍といった状態だった。
だが戦意は衰えておらず、大きく咆哮を上げながら二人の元へ飛び込んでくる。
「くそっ! 大人しく死ねば良いものを……」
イリアが撃退しようと杖を向けるが、ぐらりとよろめき膝をつく。
迫る魔獣。ガクガクと震えている膝。
動けないイリアを見て、俺は覚悟を決めた。
「――なっ! お主!」
イリアの前に立ち、訓練用の模擬剣を強く握りこむ。
剣技も何もない、ただのフルスイングを魔獣に叩き込むと……
「折れた⁉︎ マジかよ!」
魔獣の頭に向けて叩き込んだ模擬剣は、半ばから真っ二つに折れてしまった。
……こんなことなら、イリアを抱えてでも逃げれば良かった。
恐怖のあまり硬直する体。走馬灯のように地獄の訓練の思い出が駆け巡……あっ! おっぱい……。
「それができるのなら最初から言え馬鹿もの。……心配して損したではないか」
イリアがため息混じりに言葉を漏らす。
ちらりと魔獣に視線を送ると、魔獣の体が崩れ落ちた。
魔獣の四肢が力なく広がり、倒れた衝撃で土煙が舞う。
「やった! やったぞイリア! ちゃんと魔獣倒せた! やればできるじゃんか俺! こいつって大物? めちゃくちゃ強かったりする?」
「――手を握るでない! あんなのどこにでもいる魔獣じゃ。もうわしは疲れたから眠る。他の魔獣も全滅しておるから。さっき渡した宝刀で解体しておけ」
嬉しさのあまりイリアの手を掴んでダンスを踊るが、すげもなく振り払われる。
「了解。あっ、でも魔獣の回収は……って寝るの早!」
疲れているのか、イリアは地面に座り込んだままの体勢で眠っている。
俺は城から持ってきたシーツを横に敷いてやると、そこにイリアを寝かせてあげた。
「これでよしと。後は解体しなきゃなんだけど……おお! 魔法は解かずに残しておいたのか」
大穴を作る時にイリアが作った土のゴーレムが大穴の中に飛び込むと、ポイポイと魔獣の体を外に放り投げてくれる。
「……もしかしてイリア一人で楽勝だった?」
ゴーレムの怪力にそう感じられずにはいられなかったが、それだとさっきの戦闘で喜んでいた俺は、かなり痛い男になりそうだったので深く考えることを止めた。
そもそも頼られていること自体がプラスなのだと自分に言い聞かせて、慣れない作業を進めていく。




