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『滅びの運命を背負う呪われし皇女、敵国の“冷血竜帝”に政略結婚で嫁いだら、実は運命の番(つがい)でした』  作者: 伝福 翠人


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招かれざる客人

穏やか、と呼ぶにはあまりに不確かで、脆い日々。それでも、カイゼルの呪いを鎮めるという役割は、私の心に奇妙な安寧をもたらしていた。夜ごと彼に触れる時間は、もはや苦痛ではなく、張り詰めた氷の表面を、そっと指でなぞるような、静かな緊張感を伴う儀式となっていた。


カイゼルは相変わらず口数が少なく、感情を表に出すことはない。けれど、時折、彼が私に向ける視線の中に、純粋な問いの色が浮かぶのを感じることがあった。「お前は、一体何なのだ」と、言葉にならない声が聞こえるような気がした。


そんなある日、城の中が妙にざわついていることに気がついた。侍女たちの動きはいつもより慌ただしく、兵士たちの間にはピリピリとした緊張感が漂っている。何か、特別なことが起ころうとしている。その空気は、肌で感じ取れた。


昼食を自室で取っていると、カイゼルの側近である、厳格な顔つきをした壮年の竜人族が訪れた。彼の名はゲオルグ。帝国の宰相を務める人物だと、侍女から聞いていた。


「エリアーナ様」彼は初めて、私を名前で呼んだ。そして、深々と頭を下げる。「今宵、我が国にアウレリア王国からの使節団が到着いたします。皇帝陛下とご一緒に、謁見の間にご臨席いただきたく」


アウレリアからの、使節団。その言葉に、私の心臓がどきりと音を立てた。故郷からの客人が来る。それは本来なら喜ばしいことのはずなのに、胸に広がったのは、鉛を飲み込んだような重苦しい感覚だった。


なぜなら、その使節団を率いてくる人物が誰なのか、聞かなくても分かってしまったからだ。


「……謁見には、兄も?」「はい。アルフォンス王子が、代表としてお見えになります」


ゲオルグは、淡々と事実だけを告げた。やはり。兄が来る。私を「生贄」としてこの国に送り込んだ、あの冷たい瞳の男が。一体、何のために? 和平の進捗を確認するため? それとも、私がまだ「道具」として、ちゃんと機能しているかを見定めるためだろうか。


考えただけで、指先が冷たくなっていく。あの書庫での、残酷な宣告が脳裏に蘇る。私の存在そのものを汚点だと言い放った、あの声が。


「ご安心ください、エリアーナ様」ゲオルグは、私の表情の変化を読み取ったのか、少しだけ言葉を和らげた。「陛下がお側にいます。何人たりとも、貴方様を害することは許しません」


その言葉は、意外なほどに私の心に響いた。陛下がお側に。カイゼルが、私を守ってくれる?道具である私を?


ゲオルグの目には、以前のような人間への警戒心とは違う、何か別の感情が宿っているように見えた。それは、カイゼルの呪いが和らいでいることを、側近である彼が誰よりも実感している証拠なのかもしれない。


夕刻、私は侍女たちの手によって、再び豪華なドレスに着替えさせられた。今度は、ドラグニア帝国の様式で仕立てられた、夜空のように深い青色のドレス。アウレリアの象徴である太陽ではなく、竜の鱗を模した銀色の刺繍が、月の光を受けて静かに輝いていた。


鏡に映る自分の姿は、まるで別人のようだ。アウレリアの『埃まみれの姫』は、もうどこにもいない。私は、ドラグニア帝国の皇帝の隣に立つ、一人の女。


謁見の間へと向かう長い廊下を歩きながら、私は固く拳を握りしめた。怖い。兄に会うのは、たまらなく怖い。けれど、もう以前の私とは違う。私には、この国で与えられた役割がある。


――カイゼル様の、お側にいなければ。


それが、今の私の、唯一の道標だった。


謁見の間の重い扉の前で待っていると、隣に、静かな気配が立った。見上げると、そこには黒銀の軍服に身を包んだカイゼルがいた。その紅い瞳は、凍てつくような静けさを湛え、まっすぐに前を見据えている。


彼は、私のほうを見ようともしない。けれど、その大きな手が、そっと私の手に触れ、力強く握りしめてきた。


驚くほどに、温かい手だった。その温もりが、私の震えを、まるで魔法のようにぴたりと止めてくれた。

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