道具の価値
一体、何だ?
カイゼルの問いに、答えられるはずもなかった。私自身が、一番知りたかった。私の体に触れた彼の魔力は、まるで乾いた大地に染み込む水のように、自然に私の中に溶けていく。そして、暴れ狂っていた灼熱の奔流は、嘘のように穏やかな流れへと変わっていった。
私を掴んでいたカイゼルの手から、力が抜ける。彼はぜえぜえと荒い息を繰り返しながらも、その紅い瞳は驚愕の色を浮かべたまま、じっと私を見つめていた。それはもはや、「道具」を見る目ではなかった。未知の現象を前にした、研究者のような探究心と、そしてほんのわずかな……戸惑いのようなものが混じっているように見えた。
「……下がれ」
やがて、彼はそれだけを呟くと、私から身を離した。その声には、まだ苦痛の残滓が滲んでいる。私は侍女に促されるまま、ふらつく足取りで彼の寝室を後にした。
自室に戻っても、興奮で心臓が鳴り止まない。先ほどの出来事が、何度も頭の中で再生される。カイゼルの苦悶の表情、そして、私に触れた瞬間の、あの驚きに満ちた瞳。
『冷血の竜帝』と恐れられる彼も、ただ冷酷なだけの存在ではないのかもしれない。あの苦しみは、本物だった。彼は毎夜、あのような地獄をたった一人で耐えているのだろうか。
そう思った瞬間、私の胸の奥に、これまで感じたことのない奇妙な感情が芽生えた。それは、恐怖や絶望とは全く違う、小さな小さな灯火のようなもの。
もし、この力が、本当に彼の苦しみを和らげることができるのなら。もし、道具としてでも、私が彼の役に立てるのなら。
それは、生まれてからずっと「出来損ない」として、誰からも必要とされてこなかった私にとって、初めて見つけた存在価値なのかもしれない。
翌日から、私の生活は少しだけ変わった。相変わらず侍女たちは無愛想だし、城の兵士たちの視線は冷たい。けれど、私を呼び出す声が、夜ごと、カイゼルの寝室からかかるようになった。
毎晩、私は彼の寝室へ赴き、ただ、その手に触れる。呪いの発作が起こる直前の彼は、いつも苦しそうに息を乱し、瞳に危険な光を宿している。けれど、私が触れると、嵐が過ぎ去った後のように、穏やかな静けさが訪れるのだ。
私たちは、その間、ほとんど言葉を交わさない。ただ、静かな時間が流れるだけ。呪いが鎮まると、彼はいつも「下がれ」とだけ命じる。その繰り返し。
それでも、私は感じていた。彼の纏う空気が、ほんの少しずつ、柔らかくなっていることを。私を見る瞳から、最初の頃のような絶対的な拒絶の色が、薄れてきていることを。
ある晩、いつものように呪いを鎮めた後、私が部屋を出ていこうとした時だった。
「……待て」
背後から、初めて引き留める声がかけられた。振り返ると、カイゼルは寝台に腰掛けたまま、静かに私を見ていた。
「アウレリアでは、いつも書庫にいたと聞いた」
それは、あまりにも意外な言葉だった。私のことなど、何も知らないと思っていたのに。
「……はい。古い本を読むのが、好きでしたから」「そうか」
短い会話。それだけだった。けれど、その短い相槌の中に、ほんのわずかな、柔らかな響きが混じっているような気がした。
彼は、私のことを見ている。ただの「道具」としてではなく、エリアーナという一人の人間として。
その事実は、私がこの帝国で生きるための、そして、彼のためにこの力を使いたいと願うための、十分すぎる理由になった。たとえ、これが偽りの関係だとしても。たとえ、私がただ利用されているだけだとしても。
今は、それでいい。そう、思えた。




