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『滅びの運命を背負う呪われし皇女、敵国の“冷血竜帝”に政略結婚で嫁いだら、実は運命の番(つがい)でした』  作者: 伝福 翠人


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呪いの気配

道具。その一言が、私の存在価値の全てだった。カイゼルに顎を掴まれたまま、私はただ凍りついたように動けなかった。彼の指先から伝わる、人間とは思えないほどの冷たさ。それがまるで、彼の言葉そのもののようだった。


彼はすぐに私への興味を失ったように手を離し、背を向けた。「客室へ案内しろ。食事と湯の用意を。――死なれては、使い物にならん」その声は、私にではなく、控えていた側近の竜人族に向けられていた。最後まで、彼は私と目を合わせることはなかった。


与えられた部屋は、皮肉なことに、アウレリア王城の私の部屋よりもずっと広く、豪華だった。天蓋付きの寝台、柔らかな絨毯、窓の外には見たこともない花が咲き乱れる庭園が広がっている。けれど、そのどれもが、まるで精巧に作られた鳥籠の飾りのようにしか見えなかった。


食事を運び、身の回りの世話をする侍女たちもまた、竜人族だった。彼女たちの態度は、アウレリアの侍女たちとは違う意味で冷たい。そこには侮蔑や嘲笑はなく、ただ無関心と、人間という異質な存在に対する警戒心だけがあった。彼女たちは必要最低限の言葉しか発さず、その瞳は常に私を監視している。


ここには、私の居場所などどこにもない。当たり前のことだ。私は和平の証などではなく、ただの生贄。敵国の、呪いを和らげるための道具なのだから。


その夜、私は一人、広すぎる寝台の上で膝を抱えていた。窓の外は、月明かりが青白く庭園を照らしている。静かだ。けれど、その静寂は、まるで嵐の前の静けさのように、私の心をざわつかせた。


――呪い。


カイゼルはそう言った。竜人族は、その強大な魔力の代償として、呪いを背負っているという。書庫にあった古い文献で、そんな記述を読んだことがある。けれど、それが具体的にどのようなものなのかまでは、記されていなかった。


コンコン、と。控えめなノックの音がして、侍女の一人が入室してきた。「皇帝陛下がお呼びです。……寝室へ」


その言葉に、心臓が氷水に浸されたように冷たくなる。ついに、その時が来たのだ。道具としての、私の役割が。恐怖で足がすくむ。けれど、私に拒否権などあるはずもなかった。侍女に促されるまま、私は重い足取りで彼の寝室へと向かった。


皇帝の寝室は、彼の執務室のさらに奥にあった。案内された部屋は、驚くほどに質素で、装飾の類は一切ない。ただ、部屋の中央に置かれた巨大な寝台だけが、異様な存在感を放っていた。


カイゼルは、窓際に一人で立っていた。昼間に見た豪奢な衣装ではなく、簡素な黒い衣を纏っている。月明かりが、その銀色の髪を幻想的に照らし出していた。


「……来たか」


振り返った彼の顔を見て、私は息を呑んだ。昼間に見た、あの絶対的な支配者の顔つきとは、どこか違う。血の気が失せ、額には脂汗が滲んでいる。そして何より、あの凍てついていたはずの紅い瞳が、まるで内側から燃え盛る炎のように、禍々しい光を宿して揺らめいていた。


「近う寄れ」


命令に、逆らえない。一歩、また一歩と彼に近づくにつれて、部屋に満ちる異様な気配が肌を刺す。それは、濃密な魔力の奔流。制御を失い、暴走しかけているのが分かった。これが、呪い……!


彼の目の前まで来た時、カイゼルが呻き声と共に、片膝をついた。「ぐっ……ぅ……!」その巨躯が、小刻みに震えている。抑えきれない苦痛に、彼の表情が歪んでいた。


「道具であろう。ならば、その役割を果たせ」


彼は、最後の理性を振り絞るようにそう言うと、私の腕を掴んだ。その瞬間。


ビリッ、と。彼の体から、灼熱の魔力が私の体へと流れ込んでくるような感覚に襲われた。熱い! 体の内側から焼かれるようだ!


「きゃっ……!」


思わず短い悲鳴を上げる。けれど、不思議なことに、その熱はすぐに心地よい温かさに変わっていった。そして、私の体の中の何かが、それに呼応するように脈動し始めるのを感じた。


それと同時に、カイゼルの苦悶に満ちた呼吸が、少しずつ穏やかになっていくのが分かった。彼の瞳に揺らめいていた禍々しい光が、ゆっくりと薄れていく。


彼は、驚愕に見開かれた目で、私のことを見ていた。その表情は、まるで信じられないものを見たかのような、純粋な驚き。


「……お前は……一体、何だ……?」


それは、『冷血の竜帝』が初めて見せた、人間らしい感情の発露だった。

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