魂の共鳴
その姿は、神話の挿絵から抜け出してきたかのようだった。あるいは、悪夢そのものか。
カイゼルの背で広がる黒い翼は、まるで夜の闇を切り取って作ったかのようだ。額の角は王冠のように威厳を放ち、その全身からは、素肌を焼くほどの魔力が陽炎のように立ち上っている。これが、竜人族の真の姿。強大すぎるが故に、普段は人の形に抑え込んでいるという、力の解放。
彼を前にした反逆者たちは、腰を抜かしてへたり込む者、恐怖のあまり声も出せずに震える者、様々だった。彼らが抱いていた浅はかな憎悪など、この絶対的な存在の前では、風の前の塵に同じだった。
「ひ、ひぃ……! お、お許しを……!」「我らは、ただ国を憂い……!」
命乞いの声が、哀れに響く。だが、カイゼルの瞳に宿る怒りの炎は、少しも揺るがなかった。彼の紅い瞳は、もはや理性の色を失い、呪いの発作が起きた時と同じ、危険な光を宿し始めている。
まずい。力の解放は、彼の理性を蝕み、呪いを加速させているのだ。このままでは、彼はこの者たちを殺すだけでは済まない。暴走してしまう。
「カイゼル様! おやめください!」
私は、彼の背後から叫んだ。けれど、その声は彼の耳には届いていないようだった。彼は燃え盛る炎の剣を、ゆっくりと振りかぶる。
止めなければ。どうすれば?
――女王は、竜王の流した灼熱の涙を、その身に受け止めた。書庫で見つけた、あの古い記述が、脳裏を雷のように駆け抜けた。
私は、ほとんど無意識に、カイゼルの前に駆け出していた。彼の巨大な翼の下をくぐり抜け、反逆者たちと彼の間に、自分の小さな体で割り込む。
「エリアーナ!? 危ない、下がれ!」
背後から、ゲオルグの切羽詰まった声が聞こえた。けれど、私は動かなかった。
目の前には、怒りと呪いに飲まれかけたカイゼルがいる。その瞳は、もう私を映してはいない。ただ、破壊の衝動だけが、赤く燃え盛っている。
怖い。体が、本能で逃げろと叫んでいる。けれど、不思議と、足は動かなかった。
私は、そっと両手を広げた。それは、あまりにも無防備で、愚かな行為だっただろう。
「カイゼル様」
私は、彼の瞳をまっすぐに見つめて、呼びかけた。
「あなたの痛み、私にください」
その瞬間。カイゼルの瞳から、一筋、炎のように赤い雫がこぼれ落ちた。それは、彼が流した、灼熱の涙。
涙は、私の胸元へと吸い込まれるように落ちて、ドレスを焦がすこともなく、すっと消えていった。そして、私の体の中から、これまで感じたことのないような、温かくて、そして強大な光が溢れ出した。
眩い光が、地下通路全体を包み込む。それは、優しくて、全てを浄化するような、慈愛に満ちた光だった。
カイゼルの体から立ち上っていた禍々しい魔力が、その光に触れて、みるみるうちに霧散していく。翼が、角が、幻だったかのように消え、彼は元の人の姿に戻っていた。瞳に宿っていた危険な光も、もうどこにもない。
彼は、信じられないものを見るかのように、目を見開いて私を見つめていた。そして、ゆっくりと、その場に膝をついた。
「……あ……ぁ……」
カイゼルの口から、途切れ途切れの息が漏れる。その表情は、苦痛から解放された安堵と、そして、何百年もの間、彼らを縛り付けてきた呪いの軛から、ついに解き放たれたことへの、純粋な驚きに満ちていた。
私もまた、自分の身に起きたことが信じられずに、ただ呆然と立ち尽くしていた。私の体の中に、こんな力が眠っていたなんて。
脳裏に、あの古い本の言葉が稲妻のように閃いた。――魂の番、と。
私とカイゼル様は……。
静まり返った地下通路に、遅れて駆けつけてきた兵士たちが、反逆者たちを取り押さえる物々しい音だけが響いていた。
そんな喧騒の中、私には、確かに聞こえた。膝をついたカイゼルが、ほとんど吐息のような、か細い声で呟いた言葉が。
「……エリアーナ……。我が、……」
その声は、あまりにも優しくて、そして、切なくて。私は、その言葉の続きを、聞くことができなかった。全身の力が抜けて、私の意識は、柔らかな闇の中へと、静かに沈んでいった。




