序章
ダヴィは再び塔に足を踏み入れた。
50階では、目の前に広がるのはただの森ではなかった。
そこでは、異なる生態系が不可能にも思える形で混ざり合っていた。変化はあまりにも急で、立ち尽くす者を強制的に適応させた。
入口近くでは、最初の区画にキノコの森があった。巨大なキノコの樹木が青緑色、淡い紫、青い光を滴らせながら脈動していた。
地図で見れば、さらに20区画先には第二の領域があった。凍てつく森が雪のなかに浮かび上がり、木々は紫から血赤へと揺らぎ、その空気は血の匂いを帯びていた。
第三、第四、第五、第六、第七の区域が連なり、ようやく安全地帯へと至る。
この場所は、最強のクランたちが拠点を構える地でもあった。たとえ“中立地帯”と呼ばれていても、その空気には緊張が満ちていた。
この場所こそ塔の強者たちの痕跡であった。突破するには、圧倒的な力と驚異的な順応能力が必要とされた。
有望な冒険者のいくつかはこの階層で命を落とし、さらには抹消された。
そのジャングルの各区画は論理を挑む場所だった。挑む者は、塔のなかでも最も危険な地のひとつと対峙することになる。
それはただ先の階層への通過試験ではなかった。それは、自分がさらに進み得る者かどうかを示す最初の試金石であった。
“中立地帯”とされる区域近傍にも、緊張は漂っていた。51階へ続く最後の通路に至る場所であるにもかかわらず。
到達するのは容易ではなかった。初めて塔を上る者には困難極まる挑戦であり、何度も上った者でさえ最後までは簡単に至れない。
ダヴィにとって、そこへ至ることは単なる生存を超えていた。それは自らのクランを創設するための第一歩であり、強大なクランや塔を支配する巨人たちに正面から挑むことを意味した。
素早い動きが彼の注意を引いた。キノコに似た獣が跳びかかってきた。異様な輝きを帯びた瞳をもっていた。
彼はその種にレベルがあると聞いたことがあった。各森には未知な動物が棲み、まだ分類されていないものも多かった。
中には、ただ一瞥するだけで幻覚を引き起こすもの、感染性をもって触れるだけで死をもたらすものもいた。
呼吸を止めさせるもの、効果が発現するのに日数を要するが致命的な毒を持つものもあった。
だが最も恐るべきは、即時には現れない効果を持つ攻撃であった。
蚊のようなもの――小さく、それ自体は無害そうだが、一度刺されただけで命を落とす者もいる。
ダヴィは数時間歩き続け、腰には二挺のピストル、背には狙撃銃、帯には剣を携えていた。
彼は獣に銃撃した。そして通知が上がった:
---
あなたは “Dark キノコ” を倒した!
20 XP を獲得した
ドロップ:
空気浄化キノコ ×2
毒性キノコ ×2
ダヴィは心の中で呟いた。「この XP では足りない。レベルを上げるには百倍は必要だ」
彼は横手にあった武器を取り、動物の死骸部位をスキャンできる円形の装置を見た。能力を自身や武器に組み込むためのものだった。
Dark キノコは、空気浄化キノコ 2つと毒性キノコ 2つをドロップしていた。
彼は浄化キノコの一つを口に入れて噛み、もう一つを武器の円形スロットに入れた。残り2つの毒性キノコも武器装置内に組み込んだ。
光が白く閃くと、視界の中に “浄化” の項目が開いた。スキル “空気浄化 (Purification)” が武器に付与された。
毒性キノコを入れると “毒 (Veneno)” の項目が現れ、そこに “Dark キノコ” スキルが表示された。
毒
/
Dark キノコ
彼は森を慎重に進み、あらゆる動きに目を光らせた。巨大な菌類と発光する植物が危険を潜ませていた。
低いうなり声が聞こえると、闇の中から小さな生物が姿を現した。
【生物識別:跳躍胞子 – レベル 22】
ためらうことなく、ダヴィはピストルを抜き、連射した。一発ごとに小さな生物の体が光の粒子となって弾けた。
---
【あなたは跳躍胞子を 4 匹倒した】 +240 XP
取得アイテム:跳躍胞子 ×4(通常素材)
数歩進むと、足元で微かな震動が走った。危険が迫っている。巨大なムカデが地面から激しく現れた。体は有毒菌に覆われていた。
【生物識別:菌類ムカデ – レベル 28(エリート)】
ダヴィは素早く反応し、以前得た毒性物質を満たした即席手榴弾を投げた。浄化爆風が広がり、ムカデの菌装甲を削ぎ落とした。
続いて、彼は狙撃銃で弱点を狙い撃った。命中し、獣は蠢きながら崩れ落ちた。
---
【菌類ムカデ(エリート)を倒した】 +1,500 XP
取得アイテム:
菌類ムカデの殻(希少素材)
濃縮毒液(錬金素材)
ダヴィはその希少な殻を武器に吸収させ、即座に耐性が上昇したことを感じた。
新たな能力獲得:菌装甲 (受動)
毒に対する耐性が 20% 上昇
さらに進むと、三体の人型生物が腐敗菌に覆われてゆっくりと迫ってきた。
【生物識別:菌腐ゾンビ – レベル 25】
彼は深呼吸し、すぐに 空気浄化 スキルを発動、剣を緑色ネオンに輝かせ、近接戦闘へと飛び込んだ。正確な斬撃で朽ちた体を貫き、残骸を光の粒子に変えた。
---
【菌腐ゾンビを 3 匹倒した】 +900 XP
取得アイテム:腐敗のエッセンス ×3(錬金素材)
ダヴィにとって、武器を扱うことは初めての体験ではなかった。彼は幼少期、リオ・デ・ジャネイロの危険地帯で生まれ育った。国や州が介入できない領域が日常の一部だった。
武器に触れず、人目を避けて生きることはほぼ不可能だった。父を知らず、母が昏睡状態に陥って以来、六歳から彼は自分で生き抜く方法を学んだ。
幼少期、彼は生き延びるために街をさまよった。彼の世界は派閥で動いていた。「ゲームに参加しろ」との誘いは常にあった。
幾度も断ったが、経験には代償があった。武器を手にすることも、撃つことも幼い彼にとって自然な流れとなった。
“道を踏み外した友人” を見たことがある者なら、その誘惑の強さを知るだろう。危険が迫るその国で、間違えずに歩むことは容易ではなかった。
彼はアニメを観る時間すら惜しんだ。家計を助けるため働き、子どもながらに大人のように振る舞った。
だから、武器の扱いは彼にとって “生きる手段” そのものだった。塔に足を踏み入れた当初から、その経験が彼を助けた。
だが、彼の剣は、ある種の“エゴ” を宿していた。それは知識で満たされ、意思を持つものだった。
この奇妙な世界において、武器は最適な形へと自らを変えることができる。彼は最初から四つの武器を用意し、それらが互いに連動して変化することを想定していた。
遠距離、近接、中距離、そして剣。彼はその構成で最も適応できるよう調整していた。
剣にアイテムを取り込むと、全ての武器に影響が及ぶ。だから、次の一撃が鋭く、あるいは切るようなものになると感じられた。
そのとき、地面のキノコ床が隆起し、猛毒の霧を放った。ダヴィは即座に 空気浄化 を発動した。
大地が震え、地面は裂け、緑のネオン霧が空気を震わせた。
森はもだえ、かつて湿った土と腐朽した木々の匂いを帯びていた気配が、今や目に見えぬ毒に変わった。
一呼吸ごとに死が迫るが、彼は武器の浄化能力なしには生き残れなかった。
その中央で、龍が姿を現した。
キノコ龍――最強ではないが、決して弱くもない。
武器が鳴った。声を上げた:
「翼に浄化弾を撃て」
龍の鱗は金や銀ではない。菌糸と根が融合した醜怪な構造を成していた。背からは胞子が燃えるように舞い上がり、死の風を運んでいた。
キノコ蛍が飛び、その体が爆発し、空気に霧を撒き散らした。
獣の瞳は血のような紅に輝き、破壊への意志を映していた。
ダヴィは走り、跳躍し、浄化弾を放った。
弾丸は空気を切り裂き、龍の翼に命中。爆発とともに鱗が剥がれ、龍は退いた。
だが、彼が隠れたキノコの木の後ろに伏せても、毒霧は遮ることなく漏れ出した。
龍は咆哮し、胞子を吐き出した。
その咆哮が森を鳴らし、枝を折り、岩を砕いた。
そして獣は襲いかかった。
刃のような爪が大地をえぐる。ダヴィは寸前で跳び退いた。
呼吸は許されない。彼は浄化キノコを咀嚼し、毒霧に抗した。龍は火と毒の融合爆炎を吐いた。
その爆炎は胞子とともに反応し、凄まじい爆発を起こした。
有毒な粉塵と爆風が津波のように広がり、生きるものを瞬時に陥れた。
木々は燃え、土は黒くなった。触れたすべてが崩れ、爆散した。
ダヴィは走った。
一秒でも長く残れば、肺も身体も灰となる。
彼は叫んだ:“どう逃げる、D?”
武器のエゴは笑った:
「助けを求めるとは…遅いじゃないか。」
「でも、頼む!こんな状況、俺には無理だ」
「本気か?…今だけだ。逃げるなら、唯一溶けていないものの中へ入れ」
彼は周囲を見回し、逃げ場を探した。だが見つからない。
ただ、いくつかの木だけが溶けずに残っていた。
彼はそれらの木の間を縫うように歩き、浄化弾を撃ちながら進んだ。
ねじれた根の下をすり抜け、空中で回転し、一瞬で背中の狙撃銃を引き抜いた。
武器は脈動し、吸収は完了した。
剣の金属の刃は毒の光を帯び、月明かりと霧の光と交じり合った。
ダヴィは獣を見据えた。
龍は再び口を開けた。その目に闇の光が灯っていた。
彼には一度のチャンスしかなかった。
引き金を引く。
浄化エネルギーが弾丸となり、飛翔し、獣へと突き刺さった。
衝撃波は凄まじく、肉体は歪んだ。浄化が内部へと広がり、龍は崩れ始めた。
しかし、まだ倒れてはいなかった。
ダヴィは待てず、ジャンプして背中へ回り込んだ。
両手で剣を掲げ、龍の背核を貫いた。
龍は激しく震えながら、毒の力を爆裂させた。
彼は飛びのく。
荒野に、アイテムが降り注いだ。彼は勝利を感じた。
だが、頭上を見上げた瞬間、彼の血は凍った。
龍は最後の力で、何千もの蛍を飛ばし、無差別に爆発させた。
彼は溶けない木々の間に身を潜めた。
枝の高みに、闇に紛れた眼が彼を見ていた。
だが、彼は識別できなかった。
それ以上の心配を抱えることになった。
闇の中、影が動いた。
そして、ダヴィは悟った。
その龍は最大の脅威ではなかった。警告だったのだ。
静寂が響いた。
だが、五体かそれ以上の影が光のなかに姿を現した。
とりわけ彼を戦慄させたのは、その存在から放たれる圧倒的な気。
それらは人間でも女性でもなかった。
深き森の住人か? あるいは、森そのものか?
ダヴィは武器を握り直したが、撃っていいのか迷った。
ただ撃つことは、間違いを招き得た。
彼に語りかけたのは、風に乗った囁きとともに:
「あなたは最初の守護者を殺した。それは消費すべき存在ではなかった」
彼の心臓が跳ねた。
守護者? その菌龍が守護者? ここに来るべきではなかったという意味か?
別の影が音もなく降り立った。
その肌は青白く、緑と金の根が浮かび上がるような文様を描いていた。
目は底なしの淵のように暗く、周囲の光を飲み込むようだった。
「お前は呪われた荷を背負っている…」
その存在はダヴィの剣を指し示した。
「今、後戻りはできない」
彼は柄を握りしめた。
逃げたい。
だが、逃げるのは自殺行為に他ならなかった。
思考を巡らせる間もなく、地面が再び振動した。
それは地震ではなかった。
何かが目覚めつつあった。
影たちは距離を取り、一体が囁いた:
「今… 彼が目覚めた」
ダヴィはその言葉を重く感じた。
彼は何も勝っていなかった。真の闘いは、これから始まるのだった。
龍の死体を調べ、彼はスキャンした。
新たなウィンドウが開かれた:隠された領域、禁止
大きな錠前がほとんど外れかけていた。
“禁止スキル領域が解放された!”
彼は思った。「この龍を倒したこと、システムは知らせなかったな」
地面は雷鳴のように震えた。
龍は断末魔の咆哮を上げ、胞子を空中に撒き散らしたが、ダヴィにとってそれは最後の抵抗にすぎなかった。
彼は跪き、息を切らしながら通知を待った。
だが何も現れなかった。
沈黙の重みが胸を締めつけた。
通知の欠如が胃を波打たせた。
突然、地面が激しく揺れた。
胞子は再び光り、闇の力を帯びて振動し始めた。
淫らな笑い声が森に響き、囁きが彼の脳裏を貫いた:
「そんなに簡単に終わると思ったか?」 — “D” の声だった。
キノコ龍が再び蘇り、瞳は邪悪な光を放っていた。
その体は闇の血管と菌糸に包まれていた。
彼の背後、闇から人の亡霊が甦った。
冒険者たちだ。ゾンビと化し、龍の毒に支配されていた。
彼らは剣、弓、槍を操りつつ、無数に立ち上がった。
目の前に、赤いウィンドウが点滅した:
---
特別イベント開始:堕ちた者たちの支配
「キノコ龍は打ち倒された冒険者たちの魂を支配する。彼らを倒し、龍の結界を弱体化せよ。」
思考の余裕はなかった。弓矢が飛び、腕をかすめた。
彼は横に回避し、床に槍が突き刺さった場所を避けた。
起き上がると、ピストルを抜き、近くの敵に照準を合わせた。
一発ごとに浄化の光が拡散し、菌を消し去った。
だが、敵は次々と湧き続けた。龍の根が地中に張り巡らされ、亡者を蘇らせていた。
彼は剣を抜き、獲得した能力を発動させた。刃は緑と紫の光を帯び、吸収した本質の力を宿していた。
一体のゾンビ戦士が剣を振るった。
ダヴィは防ぎ、反撃。腕を斬り落とし、胸を貫いて倒した。
通知が現れた:
“堕ちた勇者が浄化された! +250 XP”
彼は理解した。ひと体倒すごとに、龍の力が削られる。
集中し、敵を次々と排除した。矢を避け、槍を弾き、動きを止めずに進んだ。
龍は咆哮し、支配する力を弱められたことを感じ取ると、強烈な胞子の竜巻を吐き出した。
彼は即座に 空気浄化 を発動し、光のバリアを纏った。
龍は最後の力を振るいかけ、彼に突進した。
彼は地を疾走し、龍の爪から滑り抜けた。
飛び、龍の背中へ回り込んだ。
そして、一撃。剣を背核へと突き立てた。
龍は激痛に呻きながら、霧と毒とともに消え去った。
彼は飛びのいて伏せた。
勝利を示す通知がようやく現れた:
---
あなたは最終的にキノコ龍を倒した! +25,000 XP
ドロップアイテム:
古代菌核
堕落した竜の本質
浄化胞子
竜の本質(変異希少)
堕ちた者の記憶断片
ダヴィは戦利品を見つめ、微笑んだ。
「これは役に立つ」
だが時間はなかった。先を急がねば。
これは始まりに過ぎない。
彼はクランを築き、塔の巨人へ挑む道を――
本物の戦いを歩み始めたのだ。




