21 屍獣
森の奥、木々の間の闇が揺らぎ――そこから、何かが姿を現した。
最初に見えたのは、二つの光。
黄金色……ではない。
血のように濁った深紅の眼光が、闇の奥でぎらりと輝く。
やがて、音を立てて枝葉が裂け、大きな影が現れた。
「……なんだ、あれ? …熊…なのか?」
ハルタの喉がひゅっと鳴る。
「あんな不気味な熊、見たことねえよ…」
リクが吐き捨てるように言う。
「熊じゃない…」
即座にラディアも否定した。
それは、熊の形をしてはいたが、明らかに違う何かだ。
たしかに大きさはヒグマ並みだが、どちらかというと、昆虫に似ていた。しかし、全身が深い毛で覆われている。
言ってみれば、熊の毛皮を、巨大な甲虫がまとっているような…
そんな不気味な姿をしていた。
毛並みの隙間から、甲虫の鈍く銀色な外骨格が輝いている。
手脚の先の指は、鍵状の節だ。
そして何よりも目が…不気味なほど真ん丸で、黒色に光る複眼だった。
「おそらく、熊と甲虫の融合体だろう…」
ラディアがつぶやいた。さすがの彼女も、嫌悪感をあらわにしている。
「ゆ、融合体?」
「あくまで推測だが、おそらく呪術的に生み出された屍獣の一種だろう」
「屍獣?」
「動物の死骸を使って怪物を産み出す禁忌魔術だ」
「なるほど…屍獣熊ってわけだ」
リクが、珍しく真剣に言った。すでに、両手にナイフを握って、戦闘体勢をとっている。
傭兵長がすばやく指示をだす。
「ハルタは後ろに下がれ。ガロとダン、前衛に!」
「セリアは、前衛の後ろから射撃を。リクとわたしは、三人の援護だ。ミーナとハルタは負傷者のバックアップ」
「了解!」
兵長の指示に、全員が一斉に動き出す。
ナリュ村の戦闘でも思ったが、雪豹兵団の連携はやはり見事だ。
ふだんは冗談ばかり言っているのに、みんないざとなると、一瞬で「兵士」になる。
屍獣熊は、威嚇するように低く唸り、口から息を吐き出した。
口は熊のままで、鋭い牙や太い舌が見える。
吐き出した息の生臭い異臭が、森の空気をさらに淀ませた。
そして次の瞬間、その巨体が稲妻のような速度で前へ弾けた――。
「防御!」
ラディアの叫びとほとんど同時に、飛びついてきた屍獣熊の牙が、ダンの槍とぶつかった。
ダンは、槍を突くのではなく、両手で立てて防御に使っている。
ダンの槍に噛みついた格好になった屍獣熊は、一瞬動きが止まった。
その胴体を、ガロの大剣が横ざまに斬りつけた。
(上手い!)
と、ハルタは思った。
見事な連携だった。
が…
「なんて硬えんだ!」
ガロの剣は弾き返されていた。胴には傷一つついていない。
「チキショウ!並の熊なら、今ので倒せたのに!」
叫びながら、ガロが飛び下がる。
ダンも、巧みに槍を操って、屍獣熊の口から逃れ距離をとった。
傭兵長が冷静に聞く。
「セリア、目を狙える?」
「もちろん」
「よし。ダン、もう一度ヤツの攻撃を受けて。次はセリアが射つ」
「了解!」
ダンが再び前に出て、屍獣熊の正面に立つ。
(ふだんは優しい男なのに、すごい勇気だ…)
ハルタは、ダンの兵士としての、本当の顔を見た気がした。優しいダンとはまったく別の、戦士の顔だ。
が、こんどは屍獣熊のほうで警戒したのか、さっきのようには、ダンに襲いかかってこない。
ーーあんな頭のいいやつは見たことがない。
そういえば、猟師のじいさんがそう言っていた。
どうすれば…
「おれにまかせろ!」
小柄な男が飛び出して、屍獣熊の目の前に立った。両手にナイフしか持っていない。リクだ。
「おい、バケモノ。どうせおまえも脳筋だろ? かかってこいよ」
無茶だ…
ハルタは思わず、リクを助けようと走り出そうになった。
だが…団の誰もが…
まったく動じていないことに気づいた…




