真実の愛に目覚めた王子、誰よりもお花畑
「近鉄バ・ファローズ!俺は真実の愛に目覚めた!イトウハナコと結婚するのだ!」
卒業パーティの最中、王子が婚約破棄っぽい事を言った。言ったんだけど、何か変だ。私の聞き間違いじゃなければ、イトウハナコって言った。王子の浮気相手はそんな日本人みたいな名前ではない。
「あの、殿下?さっきの発言は私との婚約破棄って事でおけです?」
「そうだ!しかし違う!俺はこの世界が自分のプレイしていたゲームと同じだと気付いたんだ!そう、俺はこの国の王子になる前、日本人だった!」
どーやら、王子は婚約破棄の瞬間に前世を思い出してしまった模様。こりゃ、面倒くさくなるなと思っていたら、私の予想を越えておかしな事を言い始めた。
「俺は王子なんかじゃない。ヤマダイチタロウ。五十七歳のバツイチ無職だ。会社の早期退職後、嫁に浮気を暴かれて離婚の裁判中、車に轢かれて気が付けば王子となっていた。だが、本当の人生を思い出したからには、こんな所さんには居られん。一刻も早く目を覚まして裁判へ向かわねば」
「え?」
なんということでしょう。王子は自分が異世界転生したのでは無く、今の状況を臨死体験だと思い込んでしまった様だ。まあ、還暦近いジジイならそっちだと考えても仕方ないかもだけど。
「殿下、違いますよ。この世界は紛れもなく現実です」
「現実に近鉄バ・ファローズという名前の公爵令嬢が居る訳無いだろ!この世界は、病院のベッドで寝ている俺の夢だ!」
私が何とか修正しようとしたが、王子は聞く耳を持たなかった。そして、王子はパーティに参加している人達の顔がだんだんと険しくなっていくのも気付かなかった。
「どうやれば良いのか分からんが、俺はこの夢から絶対に目覚めてやる!こうして寝ている間にも、入院費が、未払いの年金が、そして嫁の方に裁判が有利に!俺は愛人と結婚する為に何としてもー」
ガンッ!
「ほぎー」
屈強な衛兵に殴られ、王子は気を失った、…そして、彼は処刑される事になった。毒杯でも斬首でもない。世界中の人々が参加しての石打ちの後に火あぶりの刑となった。
「愚かな息子よ、この世界はお前の見た夢だと本気で言っておるのか?」
「くどい!」
処刑の少し前、国王が説得したが、王子は頑なに現実を否定した。
「ここは俺の現実逃避したい心が生んだ都合の良い夢だ!俺は現実を見つめねばならないんだよ!俺のみがこの世界唯一本物の人間で、それ以外は俺の生き返りを邪魔する、俺の弱い心なんだ!」
「つまり、お前は我々の人格を否定すると言うのだな?ならば仕方無い。この世の全ての生を公の場で侮辱したお前は、罰を受けねばならぬ」
国王が王子の顔に至近距離から石をぶつけたのを合図に、各国の代表達が順番に石を投げていく。王子の皮膚が全身満遍なく破れると傷口が焼かれそのまま放置された。
「お〜あ〜」
「国王陛下、元婚約者として彼と最後に話がしたいのですが」
「許可する」
火傷の痛みに呻く王子に駆け寄った私は、他人には聞こえない様な小さな声で語りかける。
「殿下、この世界が夢だというのは間違いです。こここそ現実なのです」
「そ、そんなはずは無い!俺は、現実に帰るんだ!このまま寝ていたら入院代が!離婚の裁判が!」
「貴方は死んだし、裁判はとっくに終わっています。殿下、私が誰かまだ分かりませんか」
「近鉄だろ?」
「いいえ、私は貴方の妻だった女ですよ、イチタロウさん。貴方に浮気をされ、散々な目に遭った私は、貴方が交通事故で亡くなった後、貴方の財産で悠々自適の余生を過ごしました」
私の告白を聞いて王子の顔が青ざめる。それは、かつて迷惑を掛けた相手と再会したから。自分が本当に死んでいて、この世界で新たな人生を歩むしか無かったと確信してしまったからだった。
「そんな、これは臨死体験じゃないのか。近鉄、お前は俺と同じ生きている人間だったのか」
「はい。私も国王陛下も、ここに集まった人々、ここに居ない人々も皆この世界を生きる個人なのです。殿下の妄想の産物などでは決してありません」
「ばかな…、だったら俺が馬鹿みたいじゃないか…、た、頼む!俺の勘違いが仕方の無い事だったと皆に伝えてくれ!恥をかきたく無い!」
「残念ですが、それは出来ません。あれだけの事をしでかした人のフォローなんて私には出来ませんし、浮気した夫を助けるつもりもありません」
「そ…そんなぁ!そーんーなー!俺は俺は俺は現実主義現実げんげんげん!」
王子は目を見開き、絶望の表情で亡くなった。私は彼の顔に手をかざし、下から上へさっと手を動かして彼の瞼を裏返しにして変顔に拍車をかけてやったのだった。
その後、この王子の起こした騒ぎは演劇となり、数多の婚約破棄王子を押しのけてこの世で誰よりもお花畑な王子の話として末永く残り続けた。




