2005/4~9
僕は高校では電車通学となった。一日6本しか走らないローカル線から、30分に1本の本線へと乗り換え、登校する。
陸上部に入ったが、この高校ではあまり人気がないようだ。同世代の男子が6人、女子が4人。
入部したての頃から、練習はきつかった。
受験勉強でまったく体を動かしていなかった僕は、練習についていけない。
初日には途中で酸欠になり、練習を中断した。
そんな僕を、顧問は激しく責め立ててくる。
先輩に聞いたが、顧問は熱血というより、他人ができないことを理解できない性格とのこと。
それでも毎日、練習には参加した。
けれど、ほかの部員とは違い、通学のローカル線の本数が少ないため、みんなより先に部活を早退し、駅まで急ぐ毎日を送っている。
そのため、1か月も経たずに膝を怪我した。
そんな僕の癒しは、駅を下車したあとの15分間。
彼女との密会だ。
毎日の出来事をおしゃべりする時間。
そして、時間になると別れ際にキスをする。
それから家まで急いで帰る。
以前、どうしても彼女と長く居たくて帰りが遅くなったことがあった。その際、親にすごく怒られた。
家ではいい子を演じているため、それ以来、帰りの時間は遅くならないようにした結果、15分間という短い密会になったわけだ。
たとえ15分間だけであっても幸せだし、休日も会えている。
休日は、デートコースの予定がなければ、庭園付きの中央公民館の中でおしゃべりをするか、または中央公民館の裏手にある小さな登山道を登り、見晴らしのいい展望台兼小さな広場で彼女のバトンの練習に付き合うのが定番だ。
彼女は高校でバトントワリング部に入った。文化部から運動部に入ったので心配したが、いつも楽しそうにバトンを回している。交友関係も良好なようだ。彼女らしい。
それと、もう一つ変わったことがある。
「あおくん」
「あおいちゃん」
お互いに下の名前で呼ぶようになった。
◇
部活の同期の女の子が退部した。
少し前から噂になっていた。部活の大会の遠征中にもかかわらず、3年の先輩とホテルで大人の関係になった、と。
顧問からは、不適切な行為があり自主退部したと聞かされた。
数か月後、マネージャーも退部した。理由なんて知らない。
だけど、顧問の指導が厳しかったのだろう。
県大会に進めない部員には、1時間も人格否定をしながら詰める。
僕はなんとか県大会の出場枠を確保できたからよかったが、そこまで言われなければいけないのだろうか。
僕は走るのが好きだから陸上部を選んだ。記録なんて、あくまで結果である。
しかし、誰も顧問に言わない。言ったとしても何も変わらないし、ターゲットにされるだけだからだ。
そんな部活に嫌気がさしたのだろう。
◇
今日からさんさ祭りの開催だ。
今日は彼女と映画を観て、そのあと祭りの出店を楽しむ予定だ。
映画は彼女が観たがっていた『星になった少年』を観る。
浴衣姿を想像するだけで、心が弾んだ。
待ち合わせ場所に急ごう。
早めに中央公民館に着いたはずなのに、彼女はもう来ていた。
薄ピンクの花柄の浴衣を着た彼女は、とても可愛かった。
普段は元気のある笑顔で、優しさも兼ね備えているが、今日は可憐な女の子だった。
「どうかな? かわいい? あおくん」
「うん。かわいいよ。あおいちゃん」
「ふふっ。よかった」
やっぱり僕の彼女は世界で一番かわいいと思った。
「じゃあ、行こっか……」
「うん」
今では自然と恋人つなぎで歩く。
あぁ、この幸せが続けばいいのに……。
予定通りに『星になった少年』を観た。
せっかくの浴衣姿の彼女を2時間も見ないでスクリーンを観るなんてもったいないと、そんなことばかり思った。
エンドロールが流れた。
彼女は最後まで観る派だろうか?
わからないので、黙って最後まで観ていることにした。
「終わったね。行きましょ」
「うん」
座席から立ち上がり、出口へと向かう。
「映画……どうだった?」
正直、よくわからなかった。
どうしてあそこまで夢を追いかけられるのか。
親の言いなり。いい子ちゃんでいることに全力を注いでる僕には、共感できなかった。
「むずかしかったかな」
「あおくん。私のこと、ちらちら見てて集中してなかったでしょ~」
「そうだったかな」
「そうだよ。私は、こういう生き方もあるんだなーって思ったよ……」
「そう……だね」
「次は、もう少しわかりやすい映画にしようね」
彼女は僕を気遣って、そう言ってくれた。
その後は、出店でたこ焼きを食べたり、トロピカルジュースを飲んだり、少しだけさんさ踊りを眺めたり。
あっという間に楽しい時間は過ぎ去った。