2005/2~3
付き合ってからの日々は、僕をカラフルにさせた。
毎日ではないけれど、朝一緒に登校したり、一緒に下校した。
休日には図書館で勉強デートもした。
彼女は意外とおしゃべりなことも発見した。
いつも友達の輪では微笑んでいることが多かったから、不思議な気分だ。
とにかく、僕は彼女の特別になった。
誰かの特別になるのは初めてで、とても幸せだった。
そう、とても浮かれていた。
今までの人生で浮かれたことなどなかった。
まるで物語の主人公にでもなった気分だった。
彼女の前では、誰かから嫌われないように気を張る必要がない。
彼女が僕のすべてだった。
◇
高校受験が終わり、無事、志望校に合格した。
お互いに別々の高校へ進学することが決まった。
2月15日の時点で、すでに志望校への願書提出は終わっていた。
でも僕たちは、お互いを信じ合っていた。
高校が分かれても、きっと続いていくと。
◇
卒業式。
予定どおりに進行し、無事に終わった。
校舎の外に出ると、部活の後輩が同期の胴上げをしているところだった。
「山口さーん! こっちこっち!」
僕もその流れには逆らえず、人生初めての胴上げを体験した。
若干の浮遊感が気持ちよいと感じるのもつかの間、重力による落下が始まる。
そして、心もとない後輩たちの手に包まれた。
あまり心地よい体験ではなかったものの、自然と笑みがこぼれた。
「高校に行っても頑張ってくださいねー」
「うん」
後輩たちは次の“獲物”を探して離れていった。
僕はあたりを見渡したが、まだ彼女は外に出てきていなかった。
植木に背中を預け、木陰で彼女を待つ。
はやく来ないかな……。
依然として、周りは卒業生と後輩で入り乱れている。
しばらくすると、彼女が校舎から出てきた。
一瞬目が合ったが、すぐに後輩に捕まったようだ。
後輩とじゃれあう彼女は、とても素敵だった。
癒される笑顔を後輩に向けている姿を見て、僕も幸せな気持ちになる。
しばらくして、ようやく二人きりになれた。
「伊東さん。卒業おめでとう」
「ありがとう。山口くんも卒業おめでとう」
ふふっとお互いに顔を見合わせ、笑みがこぼれる。
「外に出てくるまでに、けっこう時間がかかったね?」
一瞬、彼女の顔がこわばったように見えたが、すぐにいつもの優しい顔に戻った。
「まぁ……ちょっとあってね。でもたいしたことじゃなかったから大丈夫」
「そう? ならまあいいか。じゃあ、帰ろうか」
「うん」
二人並んで、学び舎をあとにした。
「ねえ。実は小野寺くんに告白されたの。ずっと好きだったって」
「えっ」
僕は突然の告白に動揺した。
「でもね! もちろん断ったよ。でもなんだか、人の好意を断るって、ちょっとつらいなって感じて」
「うん……」
「私もそうだったけど、告白ってすごく緊張するよね。振られたらどうしよう、受け入れられてもどうしようって。それに、気持ちを伝えるのってとっても恥ずかしくて」
「そっか……」
「そんな想いを断るって……なんだか、自分って何なんだろうって思ってね」
「うん……」
「告白って、される側も大変なんだな……って考えちゃった」
「そうだね……」
「でも! 今みたいに山口くんと付き合えて、やっぱりうれしいって感じるんだ」
「僕も嬉しいよ。だって、ずっと伊東さんのことが好きだったから。けど告白するなんて考えたこともなかった。付き合えるなんて、これっぽっちも思えなかったし、そんな勇気もなかったし……。だから伊東さんが勇気を出してくれて、よかった。ありがとう」
「どういたしましてっ」
僕たちはお互いに照れた顔を見合わせ、同時におじぎをした。
「……。ねえ……手、繋いでもいい?」
「いいよ……」
僕は初めて彼女と手を繋いだ。
文化祭のフォークダンスで手が触れたのとは違う。
しっかりと、彼女と手を繋いだんだ。
汗っかきな僕は、手汗が気になったけれど、彼女の嫌がる様子はなかった。
「じゃあ、行こっか」
「うん」
いつの間にか止まっていた足を、再び動かしだす。
けれど、いつもと違って、手をしっかりと繋いで歩き出した。
彼女は僕を幸せにする天才かもしれない。
ただ手が触れているだけなのに、こんなにも気持ちが高揚している。
彼女も同じ気持ちだろうか。
同じだといいな。
それからは、いつもよりおしゃべりは少なかったけど、幸せは増して帰り道を歩いていく。
もうすぐ、いつもの別れ場所だ。
一緒に歩いて15分。
今日の僕には、少し短い。
もっとこの幸せを感じていたい。
「あのさ。伊東さんの家の方まで、もう少し歩いて行ってもいい?」
「うん! いいよ。私も……もう少し一緒にいたかった」
「そっか。よかった」
「うん」
それからさらに15分ほど歩いて、河川敷にかかる橋に辿り着く。
橋だからだろうか。風が少し強い。
そんな風が僕の背中を押した気がした。
「あの……さ」
「なあに?」
「聞きたかったことがあって……どうして好きになってくれたの?」
彼女はすぐには答えてくれなかった。
思い出しているのだろうか。それとも言葉を選んでいるのだろうか。
「山口くんってさ、笑顔が素敵だよ。いつ見ても笑顔で……優しい人なんだろうなって……」
僕は救われたのだろうか……。
「えっ!? どうして泣いているの!? 他にも、かっこいいし、実際優しい人だったし。えっとえっと……」
「ありがとう」
僕にとって、笑顔は自己防衛だった。
周りを不快にさせないように……。
自分は楽しいんだって思いこませるように……。
いじめられても、みじめにならないように……。
そんな僕の笑顔を「素敵」と……。「好きだ」と言ってくれた。
「ごめんね。なんか嬉しくて泣いちゃった……。ごめん」
「じゃあさ! 私のどこが良くて、告白OKしてくれたの?」
「えっ」
「だって私だけ答えて、不公平だよ。教えて」
「……。わからないけど、いつも伊東さんの姿を目で追ってた。
伊東さんの周りはいつも楽しそうで、羨ましかった。
そして、その中にいる伊東さんは、とてもまぶしかった。
それに……とっても可愛い。だからかな」
彼女はどんな顔をしているだろうか。
恥ずかしくて、河川敷から見える川を見ながら答えてしまった。
「そっか……。ありがとう」
川のきらめきから目を外し、彼女へと向き合う。
「あのさ……。告白してくれてありがとうね」
「うん……」
「そろそろ遠くまで来ちゃったから、帰ろうと思うんだけど」
「そうだね。いつもの倍は歩いてきちゃったね」
「高校生になっても会おうね」
「もちろんだよ」
「……。ねぇ……。キスしてもいい?」
「うん……」
僕たちは、橋の柱に隠れて、初めてキスをした。
彼女はとてもいい香りがして、柔らかかった。
唇を離すと、急に恥ずかしくなってきた。
「それじゃ、帰るね! またね!」
「またね……」
そうして、僕たちの卒業式は終わった。