2005/2/14
ようやく今日の授業が終わった。
今日だからなのかは知らないけど、補習授業はない。
スクールリュックには高校受験に必要な問題集だけを詰め、クラスメイトに「じゃあね」と言い、足早に校舎を後にする。
外に出ると、校内の喧騒とはうって変わり、空気は静かだ。今年は去年と比べ、路肩にのみ雪が積み上げられ、歩くぶんには安心だ。
「今年も貰えなかったな……」
バレンタインには、悪い思い出はあっても、いい思い出はない。
「寒っ……」
コートのポケットに手を突っ込み、代わり映えのしない通学路を歩く。
通学路の途中には、山際の遊歩道と庭園の中央公民館がある。庭園はきれいに整えられ、ぼくにも美しいと感じられるお気に入りのスポットだ。
そして、もう少し歩くと郵便局が見え、右折すると僕の家だ。
なんて、僕なりの通学路案内を脳内で行い、受験勉強なんてつまらない存在をどこか遠くへ追いやろうとする。
無駄だと思っていても、ほんのわずかでも忘れられるといいな。
「蒼くん!」
「えっ!?」
不意に声をかけられ、わけがわからなくなった。
けれど、思考を置いて、状況は動いた。
「ちょっとこっちに付いてきてくれるかな」
郵便局の脇の細い道へ促された。
声をかけてきた子を見ると、クラスメイトの佐藤さんだ。いつもツインテールで、ふざけている男子をよく注意している。そして、いつも親友の麻里といる。
直接話したことはほとんどなく、その程度しか知らない。
けれど、彼女は一人だった。
細い道にたどり着き、佐藤さんと正面から向かい合う。
「……」
「……」
冷たい空気だけが流れた。
「あの……蒼くんのことが好きです。付き合ってください」
「……」
なんて答えればいいんだろう。今まで興味を持ったこともなかった子だ。
なるべく傷つけないようにしたいとは思った。
「ごめんなさい」
ほかの言葉なんて出てこなかった。
そして、後ろを振り返り、また普段通り家へ帰るだけだ。
バサッとスカートの動く音が聞こえ、泣き声が聞こえた気がした。
傷つけてしまったかな、と家に着いてもしばらく頭から離れない。
そんな自分も嫌になる。
◇
夕飯は、基本的には家族みんなで食べる。父と母とぼくだ。5つ離れた兄はいるが、とっくに東京の大学へ進学している。
そして、なるべく早くご飯を食べ、自分の部屋にこもる。しばらくすると、いつもの父と母の口喧嘩が始まる。
この口喧嘩を聞いているだけで、頭がおかしくなってくる。自分の家なのに、苦痛な場所だ。
早く兄みたいに自由になりたいと願う。
将来の夢は「幸せな家庭をつくる」と思うようになった。
普段なら、お気に入りのセトリのMDを聞きながら受験勉強に励むが、今日はシャーペンが進まない。
告白のことが頭から離れない。
なんて答えれば傷つけずにすんだのだろうか。
そして、昔の最悪なバレンタインを思い出す。
いじめられていた同士が呼び出され、女の子が告白を強要され、それを周りが笑って見ている。
そんな状況に耐えきれず、僕は返事もせず逃げ出した。
あの時も、何が正解だったのだろうか。
「ふぅ……」
いくら考えても答えが出ないことはわかっている。
障子を開けると、雪が降っていた。街灯に照らされた雪は、冷たいはずなのに温かいようだった。