第1話 幸福の王子は決断する
遠い昔、学校の宿題で出された家族と読書をしようという大嫌いな宿題。
カバンのそこでぐしゃぐしゃになった『音読カード』と書いた紙を
たまたま探り当てた母さんが凄い勢いで怒っていた。
なんで言わなかったの!と無理やり引き寄せられ
母さんの膝に乗せられ頬を腕でむにゅっと抑えられる
「…むぅ、は、な、せー!」
じたばたと暴れる俺を母さんは
何処から力を出しているのか
全く動じずに身体を少し傾け棚にあった本を一冊取り出した。
『…よいしょっと、あったあった。これでいいでしょ』
そう言って抵抗を諦め頬を膨らます俺の顔の前に本を広げる
その本を見た時うげっと顔を歪ませると母さんがふっと笑った。
『あんた本当にこの本が嫌いなのね。こんなにいいお話しなのに』
「…俺は嫌いだ。この物語の何処がいい話なのか分からない」
そう言う俺に母さんはすっと目を細めて微笑む。
頭を柔らかく撫で本を読み始めた。
日々忙しく働く母との久々の緩やかな時間に
嫌だと言いつつも少し嬉しかったのを覚えている。
少しうとうととし始めた頃だった
最後の頁を捲り終わりおしまいと締め括った母は
最後にこう言った。
『…誰かに何かをしてあげれるのは幸せな事なのよ。
困っている人が居たら助けてあげなさい。
それはきっと…最後は貴方の為になるでしょうから……』
そう言って笑いワシワシと頭を撫でられた。
カタカタと何かが通る音とカーテンの隙間から漏れる光に意識が浮上する。
ベッドから上体を起こし大きめのあくびが出る。
ワシワシと頭を掻きながら足を下ろす
裸足のままカーテンに近づきシャッと開き街を見下ろす
まだ早い時間だと言うのに人々は忙しなく動いている
店の準備をしたり隣同士で話したり荷物を運ぶ馬車が通る。
ここはエーデル王国。
俺はこの国が誇るバカでかいエーデル城が聳え立つ城下町の大通りの宿に泊まっている。
(と言うか住みついている)
下からでかい声で呼ばれる。
『ちょっと、アラン!アラン!起きて来ておくれ
主人の手伝いをしてあげておくれ!』
「…あぁ、すぐ行くよ!」
シンプルな黒シャツと黒のスラックスに靴を履き
髪はボサボサのまま下へと降りていく。
階段下で仁王立ちしながら腰に両手をあてて
俺を待ち構えていた
この強そうな女性はこの宿の女将さんで半親みたいな人だ
久々にこの国に来て間もない頃、行く宛てもなくうろうろとしていた所を拾ってもらった。
それからはここに住み着いて時々ちょっとした手伝いをする代わりに宿代を随分と安くしてもらっている
女将さんは昔冒険者をしていたらしくとても気が強いがとても優しくておかんて、感じの人だ。
驚く事にこの元気な様子からはとても見えないが
御歳80とは思えないほどの若々しさである。
確かに白髪まじりの茶髪に
優しく細められる茶色の瞳の下や口元にはシワが見えるが
一日中、忙しなく動き回るその姿はとてもそうには見えない。
そんな彼女の旦那である親父さんも穏やかな感じの人ではあるものの
隆起した筋肉は素晴らしいもので
若い頃はかなり名の通った冒険者だったらしく
今もなお現役の様に鍛える事をやめておらず
たまに俺も手合わせして貰うがなかなかの腕前だ。
今日も朝から狩りなどでその筋肉を存分に使っている様だ。
だが、時々腰痛などで動きづらいらしくそんな時は大抵俺が呼ばれる。
女将さんは先に腹拵えしてからだねと言って
用意された食事に手をつけ残さずペロリと完食した。
女将さんに今日も美味しかったありがとうと伝えると
とても嬉しそうに笑った。
この国に『いただきます』と『ご馳走様』という言葉はないらしく
大抵は神様に祈りを捧げ食物に感謝をして食事をする。
これが普通らしく俺がこの世界に来て
そう言っていたらみんな不思議そうな顔をしていたのを成程、と理解した。
と言うのもそれを不思議に思ってそれはなんだい?と
聞かれ俺がその事実を知ったのがこの宿の女将さんだった訳だ。
俺のこの挨拶を気に入ってくれたらしく
ご馳走様と言った後にお礼を伝えると嬉しそうに笑ってくれる。
食堂をあとにした俺は裏の小屋へ向かった
親父さんはせっせと檻を作っていた
どうやら相手は大物らしいでかい檻を見ながら声を掛ける
こちらに気づいた親父さんはにかっと快活そうな顔で笑った
『おう、アラン。来てくれたのか!』
「女将さんに頼まれたら断れねぇからな」
と笑って返すと違いねぇと笑って背を叩かれた
「…にしてもデカイな、何捕まえるんだ?」
『最近魔物があちこちで悪さしてるってんで自衛しろって国が注意喚起してるらしくてな…
でも、一般人が魔物なんて相手出来ないだろ?
だから気休め程度に罠張ってりゃあいつらも警戒して近づきにくくなるだろうから
畑のまわりとかに何ヶ所か置いてやろうかと思ってな
全く、今の国王は民への関心がまるで無い…
前王が今の世を見られれば悲しまれるだろうよ……』
はぁ、と溜息をつきながら手を動かしている。
俺は苦笑いしながら同じ様に作業に取り掛かる
何度か手伝っているので随分と慣れたものだ。
最初の頃はたどたどしく親父さんの手元を見ては
あーだこうだと教えて貰っていたっけ……
『なかなかやるじゃないか』とふむふむと
感心した様に褒めてくれる。
親父さんは前王とはちょっとした顔見知りだったらしい
たまに聞く前王はとても民を大切にしていて
お忍びで城下へ降りてこられる事があったとか
その度に市政を見何が必要で何を無くすべきかと
常に世のため人の為と行動されていたのだとか
その為、人々からの信頼は凄まじかったらしく
歴代最高の王と評されていた。
しかし、10年前に起きた戦争により戦死され
その後を継いだのが現王であるサイモン王である。
継いだのが17歳と若かった為に宰相の言うままに
政治を進め見事に国を傾かせている。
貴族を中心とした上流階級のみが得をするような政治で民は汗水流し懸命に働いても
貴族は鼻で笑うばかりで何もしない。
この国は終わりだと民達はこの国を捨てるか
ここに残るしかない者たちはずっと恨みをためている状態だ。
いつ、壊れてもおかしくは無いが何とか保っていられているのはこの国の第3王子様のお陰だろう
彼は唯一、王家でも民からの信頼があつい。
彼は身寄りのない子供達を見つけては
孤児院へ送りそしてしっかりと寄付もされていて
なんなら勉強まで出来るように学校を創ったとか。
他にも飢饉の起こりそうな所には食料を送り
戦争にならない為にと各地へと交渉に飛び回っていたりするのだとか…
それも齢15歳の成人して間も無い青年が行っている。
次代の王へと民が願っているがそれは叶わないだろう。
その王子は王の不義の子でその上出自が明らかにされていない。
親子の仲は冷えきっており、と言うより父である
王に毛嫌いされているのだとか……
作業を終え頼まれていた畑等に罠を仕掛けに行き
無事に全てを設置し終えたのは昼過ぎだった。
親父さんはもう一件別の用があると言って先に行った
俺は特に用もないので宿へ帰ることにした。
宿への帰り道いつも通りの近道で帰ろうと路地裏に入った時だった。
珍しく人の声が聞こえた普段はこんな所滅多に人等通らない
ここを通るのは大体が厄介な奴か馬鹿か酔っ払いのどれかだ
俺は決して馬鹿では無い。
俺はただ厄介事に巻き込まれても
ある程度は何とかして逃げれるだけの力はある
それにこの俺にわざわざ喧嘩を売る馬鹿は酔っ払い以外は居ないだろう。
どうせ俺はろくでもない噂の張本人ですよ……
すっと横目でどんな奴か見て驚いた。
なんと子供が居たのだ、しかもその話し相手が如何にもなチンピラ……
どんな組み合わせだ?
俺は少し話しを聞こうと壁に張り付き耳を澄ました
子供の方は服こそ庶民な服装だが汚れの無さから
貴族のお忍びの様な格好だ明らかにその仕草や話し方から雰囲気は漏れ出ていてバレバレだ。
風にふわふわと揺れる金髪に碧の瞳はまるで天使の様だった。
絵画からでてきたみたいな見た目に少し見惚れていた
(断じて、断じてそんな趣味は無い。俺は胸のでか…)
首を振り男の方を見てみる、身なりは貧しさが物語っており
困った顔をしているのに下卑た顔にも見える
下心が丸見えだ、気づかない方がおかしいが……
小さくため息をついた時だった
『あの、僕でよければ力になりますよ!』
グッと細い手を握り込み真剣な眼差しで話し出す
男は一瞬、口の端を釣りあげすぐに困った顔に戻し
後頭部を掻きながら言った
『いやぁ〜助かるぜにいちゃん、兄貴の腕輪とあんたのそれなくしちまった物と似てんだよな。
それ貸してくれたら俺は殺されずにすむよ。
兄貴は怒ったら何するか分かんねぇからなぁ
必ず返すから頼むよ、な?』
そう言って顔の前で手を合わせている。
その現場を見た俺は見なければよかったとげんなりした
しょうもない物を見てしまった。
あんな子供を騙すなんて小物過ぎて呆れを通り越して
最早笑い物だろうこれは…誰がそんな理由で渡すんだよ……
『えぇ、構いませんよ。
貴方の役に立つのならばどうぞお使い下さいませ
兄弟は仲良くするのが1番ですよ。
それは差し上げるので正直に話して仲直りしてくださいね』
ふふと笑いながらその腕輪を渡そうとしていた。
笑いが隠しきれていない男はニヤニヤとその腕輪を
取ろうとしていた時だった。
見ていられなくなった俺は男の手を掴み軽く捻った
「こんな子供に何やってんだ、やるなら貴族の馬鹿共を騙すんだな。
そっちのが金になるぞ、リスクはでかいけどな」
『てぇ、何すん……あ…』
怒りのままに汚ぇ唾散らかしながら顔をこちらに向け
俺の顔を見た瞬間に顔を青ざめた
『く、黒髪にく…黒目……あ、アラン…さん。
こ、これは失礼しました!』
男は転げながら走り去って行った。
その様子を不思議そうに見ていた子供が俺に問う
『なぜ、腕輪を受け取ろうとしていただけなのに
とめたのですか?
僕が良いと言ったのですからこれは彼の物ですよ?』
それを聞いた俺はでかいため息を吐き言ってやる
「…はっ。お前、世間知らずだな。
あいつが言ってた事は全部嘘だよ、見たら分かるだろ
あいつ、お前の事カモにしてたんだぜ
それとお前、貴族のガキだろ分かりやすいんだよ
こんな所、貴族の坊ちゃんには辛いだろさっさと
自分の居るべき場所へ帰んな怪我する前にな
来るなら護衛か大人を連れてくるんだな」
じゃ、と手を振り去ろうとした時だった。
『…知っていますよ。
分かっていて差し上げたんです。
もしかしたら、食べるのに困っていたのかもしれない。
もしかしたら、お腹を空かせた子供が居るのかもしれない。
少しでも助けになるのなら別に私は構わないのです
例え、愚かな事だとしても……』
段々と弱くなる声に足を止め振り返った。
俯いていた子供はぱっとこちらを見据えた。
穢れのない真っ直ぐな瞳で…
すっと目を逸らし何回目かのため息を吐いた。
「……あっそ」
駄目だ、この手のヤツは苦手だ…
この場から消えたくなった俺は再び子供に背を向け歩いた
頼むから…そんな綺麗な目で俺を見ないでくれ。
『…待って、……まっ、てくだ……はぁ、はぁ』
俺は今、逃げている。
悪党共が恐れる俺が何から逃げてるかって?
……子供だよ!あの、綺麗な目をした子供からな!
全く、なんだって言うんだ。
1週間前、不思議な出会いをしたあの子供が
街でたまたま出会い俺は見事にスルーしたと言うのに
この子供は話し掛けてきた。
何となく嫌な予感がしたので俺は逃げる事にした。
こういう勘は当たるんだどうせろくでもない。
街を走り回って漸く姿が見えなくなった時だった。
ほっと一息つき出くわさないように周りを見ながら
移動していた時だった、知った子供の声がした。
『なぁ、母さんが病気なんだ頼むよ!』
そう言って2人の子供に縋りつかれていた
嗚咽を漏らしながら泣く子供のなんと可哀想に見える事か
残念ながらその子供達には母親どころか帰る家すら持っていないはずだ
つまりはこんなに可哀想に見えるのも全部が演技だ。
大人が何人か騙されているのを見た事がある
かくゆう俺も来た頃に1度騙された。
その時の事を思い出し苦笑いしながら
走っていた足を止めガキ共に近づく
「おい、お前ら前に言ったよな。
手を出すと面倒な奴には手は出さない方がいいって
貴族のガキはやめておけよ後で親が何しに来るか分からねぇ。
あと、もっと周りをしっかり見ろ。
お前らを知ってる奴が近くに居る時はやめとけよ
もしかしたら止めに来ちまう面倒臭い奴が居るかもしれねぇからな」
『あ、アラン!なんだよ邪魔するなよな
この兄ちゃん釣れそうだったのに!』
『そだぞー!』
チビ達が鼻息を荒げながらもー!と怒った。
ハイハイと足元で騒ぐ奴らの頭をわしゃわしゃしてやるとわーと言いながら笑っていた。
俺はそいつらにカバンに入ってた軽食にと持たされていたサンドイッチをやった
ぶつぶつ言いながらも受けとって走って行った。
『…どうして、私が与えようとすると止めるんですか?
貴方は差し出しているのに、しかも走っていた足を止めてまで……』
じっと見てくる目に視線を逸らし後頭部を掻く
「知らん、何となく見てられなくなるんだよ……
それより、さっきは追い回して何だったんだ
俺に、何の用だ?」
真剣な眼差しでこちらを見据え
『…貴方に、お願いしたい事があります』
そう言うと距離を詰めて目を覗き込まれる
有無も言わせないその目に視線が外せなくなり
ゴクリと自分の喉が動いたのに気づきハッとして
目の前の奴の顔を掴む。わぁっと声がして
そっと手を外すとちらりと見やり視線を外し
「…頼みってなんだ?」
無意識に聞き返してしまった。
パァっと目を輝かせそのまま手を引かれて歩き出される
「ん?あ、おい。何処へ行くんだ」
『ついてきてください!』
抵抗せずにズルズルと引っ張っていかれた。
着いたのは俺が現在所属している傭兵団ケルベロスの拠点だった
おいおいおいと頭を片手で覆い項垂れた。
こんな子供がこんな所に…ろくでもないとは思っていたが
まさか当たって欲しくない勘がこうも当たるとは……
俺が顔を覆いながら子供に片手を引かれ歩いているのが可笑しいのか
仲間が数人吹き出しそうな顔で此方を見ている事に気づいた。
覆っていた手を外し手を引き歩く子供に声を掛けようとした時だった。
「…オ『連れて来ましたよ』
そう言っていつの間にか目の前にいた団長に話し掛けていた
団長は何故か今にも大笑いしそうな顔で言った
『…あぁ、そうだな
それで、お前の望みはなんだったか…』
『はい、ですから
この方…アランさんを私が貰い受けたいのです!』
その瞬間、その場に居た全員が遂に吹き出して大笑いした。
なんなら普段は厳しい顔をした団長まで大笑いしている
俺は胡乱な目をしながら他人事の様にすんとしていた
それすら可笑しいのかさらに盛り上がりヒーヒー言ってる奴も出てきた
『…ふ、もら、貰い受け……フグっ』
俺の斜め後ろで机に突っ伏しながら笑ってやがるのは
俺とよくペアを組んでいた仲間のブライアンだ
顔を上げその焦げ茶色の目と合うとまた笑いだし
茶髪の髪をふわふわと揺らしていた。
クソっなんで俺がこんな目に……
団長を見やると少し落ち着いてきたのか咳払いをし
『それで、そいつを連れて何をするつもりなんだ?
そいつは俺達の仲間だ、突然やってきて
ただ金を積んではい、どうぞって訳には行かねぇぞ』
ドカッと椅子に座り足を組み頬ずえをついて
まるで試すみたいに灰色の瞳で見据えていた。
その様子は見たものを震え上がらせるような気迫だ
子供なんてまともに話せやしないだろう
ちらりと見るとその目は力ずよく光っていた。
『…えぇ、それは勿論です。
僕は…いえ、私はこの方を私専属の護衛騎士として雇いたいのです。
私にはどうしてもこの人が必要なのです。
…この人しか居ないのです。
ですから、どんな条件でも飲んで見せましょう』
好戦的に言ったこの子供の髪がキラキラと輝き
青みのかかった銀髪が現れ全員の目がその姿に釘付けになる。
その場にいた全員が固まり静寂に包まれる。
『…お、前…王族じゃねぇか。
お前が噂の第3王子か…これから何をする気だ?』
「私はエーデル王国第3王子、ハイウェル
私はこれから起こるであろう戦を阻止する為、隣国ウルフハウンド王国に向かう。
その際にどうしても腕の立つ者が必要なのです」
団長に向かいこうもはっきりと話しが出来るとは
中々に肝が座っている。
その目が…その意志の強い瞳に惹き込まれる。
俺は自然と口を開いていた。
「…団長、俺…此奴に買われてやるよ
こいつが何を成し遂げるのか見てみたい…」
団長と目を合わ決意を込めた目で見つめる
団長はじっと俺を見て盛大な溜息を吐きながら
『…ま、お前が良いならそれでいいさ
いつでも帰ってくりゃ良いしな。
それに、その坊ちゃんには感謝してんだ。
この国では傭兵団に圧力掛けたりして来ねぇのは
あんたが口利きしてくれてるからだって聞いた事がある
俺達だけじゃねぇ民衆もあんたを次の王にって望んでんだ
俺達はあんたの力になるぜ』
『協力頂けるのは何より心強い事ですが
……私はそんな大それた人間ではありませんし
それに…私は王の座など興味もないのです。
アーサー兄上は私等よりずっと王に相応しい
妾腹の子である私にも…弟として接して下さる……
優しく聡明な方なのです』
薄らと微笑みながら言いぎゅっと胸元を握り締めていた。
『……それは、残念な事だ。
では、ハイウェル殿…そいつをいくらで買う気だ?』
挑発的に言った団長は足を組みなおしフンと鼻をならす
『…では、こちらで』
そう言って差し出した袋には大量の金貨が入っていた。
こんな大金、高級娼婦の身請けですら中々見ない
これは過剰過ぎると一言言おうとした時だった。
またもやその場の全員が吹き出した
『…ぶっはぁー!!
お、お前…良かったな…ぐふっ
高級娼婦並じゃないか!ははははは
お前、この坊ちゃんに嫁ぐ気か…ははははは
良い旦那様だな…ぐふ!』
俺はもう死んだ目をして顔を向けるとブライアンを見た。
そんな俺を見てよけいに笑い酸欠になってやがった。
もう、頼むからそのまま息を止めててくれ。
団長も額に手を当て大笑いしていた。
『…いやー、でも実際この金額が妥当なのかもな。
こいつは確かに特別だ。
それを俺達から奪ってくんだ、当然の金額だな。
クソしょぼい金額なら気が変わっていた所だった
あんたは人を見る目が確かな様だ!』
そう言って立ち上がった団長は手を差し出し
2人はグッと握手を交わしていた。
話しも纏まって拠点から出ていこうとした時だった
『…死ぬなよ』
真剣な顔をしてそう言ったのはブライアンだった。
俺はらしくも無く真剣な顔をしている相棒に言った
「はっ…誰に言ってんだよ。俺が死ぬと思うか?
俺より強いのは女将さんだけだよ」
そう言った俺にふっと笑い
『……それもそうだな』
いつもの様にヘラっと笑っていた。
「…団長、お世話になりました。
仕事が終わったらまた、すぐ戻って来るかと思うのでその時はよろしくお願いします」
『……お前なぁ…まぁ、いつでも戻って来い。
土産は酒でいいぞ!』
それじゃぁと、俺達はその場を後にした。
『……泣いてんのかぁ?ブライアン。
へっ!俺も何だか娘を嫁に出した気分だぜ……』
『…泣いてないですよ!ただ、気の合う奴が減ったってだけですし!!!
どうせ、さっさと仕事終わらせて
いつもみたいにフラフラ帰ってくるんですよあいつ』
そう言い合いながら2人は見えなくなるまで見送っていた
俺はあの後、王城へと案内されハイウェル護衛騎士に
正式に任命された。
と言っても儀式とかがある訳でもなく王からの書状の紙1枚で終わった。
何とも言えない適当さにそれで良いのかとも思ったが
当の本人であるハイウェルが普通にしていたので何も言わなかった。
「…あぁ、そうだ。
言い忘れていたが俺は敬語が得意じゃない上に話すのも得意じゃない。
あんたの事もなんて呼べばいいんだ?
ハイウェル様?それとも主様って呼んだ方がいいのか?」
『…そうですね。
私と2人の時はその話し方で構わないのですが…
周りが騒がしそうなので…
誰か話し掛けてきても微笑むだけで良いですよ。
それと、私の事は好きな呼び方で構いません』
「…そうか、じゃぁ人目がある時は主様って呼ぶわ。楽だし」
ハイウェルはこくりと頷き着いてきてくださいと言った
俺は後を着いていき周りを見渡すどこもかしこも広く
迷子になりそうだ。
首を振り周りを見渡していたおれの前でハイウェルが止まった。
『やぁ、やぁ。これはこれはハイウェルじゃないか
護衛騎士を見つけたんだって?
…良かったな、お前みたいな奴につく馬鹿が居て
ふふ、ははは。穢らわしいお前の騎士は下賎の者だろう?
ふふ、似合いだなぁ〜良かったじゃないか!』
下衆な笑い方をしながらチラリと俺を見て
ハイウェルの頭をパシパシと叩いていた。
俺がハイウェルの前に出ようとした時だった
ハイウェルは俺を手で制し首を振った。
『…兄上、私は構いませんがこの方を侮辱するのはおやめ下さい』
『…はっ、お前はまたいい子ぶって……
私は構いません〜、私は全てを許します〜てか?
虫唾が走るんだよお前を見てるとなぁ!
お前だって一応は父様の血をひいた王族だと言うのに!
そうやって下々に尽くそうとする!気持ち悪いんだよ!』
頭を叩いていた手で髪を強く掴み下に抑えた
頭を垂れる様な市制になりながらもハイウェルは強く言った。
『…いいえ、兄上。王族であればこそなのです。
民草を護るは王族の使命。
由緒正しい血筋だと仰るのであればそれを示すべきなのです』
『…っ!……クソが、兄上と呼ぶな!!』
顔目掛けてひっぱたこうと振られる手を止めた。
そのまま折る勢いで手首を掴んでやった。
「…主様に手を出さないで頂けますか?
私は下賎で躾のなっていない者なので間違えて攻撃してしまいそうになるんですよ」
砕かない程度に力を込め握りこんでやると煩く喚いた
手をパッと離すと俺を睨みつけ
『…っ、俺に手を出した事を後悔させてやるからな』
と小物感満載の言葉を吐き去っていった。
何だか汚れた物を触った気分になり手をフラフラと振った
その様子を見ていたハイウェルは眉を下げて申し訳なさそうにしていた。
俺がワシワシと頭を撫でてやるとはっと見上げ
『…不甲斐なくてすみません』
と言ってきた俺は一層強めに撫でてやった
「あぁいうのには慣れてる。
お前が気にする必要は無い、俺の主なんだしっかりしてくれ」
こくりと頷き強い眼差しになった。
(ほんと、綺麗な目をしてるよ……)
案内された部屋はスッキリとした部屋で机と椅子
それからクローゼットが1つと寝台が1つ
窓から陽がよく入る心地良さそうな部屋だった。
今は夕方頃なので赤い夕日で部屋が赤みがかっている
「こんないい部屋貰っていいのか?俺は物置とかでも良いけどな」
『私の護衛騎士ですよ、そんな不健康な所で過ごさせられませんよ。
貴方に何かあったら困るのですから
まぁ、貴方はそんな物ものともしなさそうですが』
ふふっと笑いながらそう言ったので
俺は頷きながらはっきりと返してやった
「…そうだな、俺は病気なんてならないし毒も効かんさ。
ほら、俺って最強だからな」
チラリと横目で見ながら鼻で笑ってやると
目を瞬きながら可笑しそうに笑った。
『ふふ、頼もしい限りですね』
今日は特に用もないのでゆっくり休んでくださいと言われ
俺は素直に靴を脱いでベッドに横になった。
明日から始まる慣れない騎士という役割を上手くこなせるのか不安だが
まぁ、何とかなるだろう。
こちらに来てからも何とかやってきたんだからな…
その内うとうとし始め次に目が覚めたのは朝だった。
俺は一日目から寝坊をしハイウェルの側近である
カインから朝から小言を貰ってしまった。
この歳になって年下から正論でキレられるのは
なかなか精神がごっそりやられる。
情けない大人で大変面目ない。
それからは慣れるまで忙しなく日々が過ぎていったように思う。
その間にもいつもハイウェルは下町に行っては人助け
城へ帰ってくれば政務に取り掛かりあまり休んでいない。
お前はもっと休んだ方が良いと言えば
『…私は民が安心して暮らせる世になれば
自ずと私の幸せに繋がっている。
だからこれは決して辛い事では無いんだよ…』
そう言ってふふっと笑っていた。
本当にこいつは人の事ばかり考えてやがる
(お前は大した事ないと言うが、この国はお前が居なくなればきっと荒れるだろう……)
そんなこんなで早くも1ヶ月が過ぎた頃だった。
慌てた様子のカインが珍しくノックもせずに扉を開けた
何事かと振り返ればカインの後ろには騎士がズラリと並んでいた
カインが後ろを振り返り大声で言った
『この方に手を出せばタダでは済まさんぞ!』
今にも剣を抜き斬りかかりそうだった時後ろから
『カイン!』と窘める声が聞こえてきた。
それを聞いたカインは臨戦態勢を解いた
『……一体、何事ですか』
騎士たちは申し訳なさそうな、悔しそうな顔で
『……王より直ちにハイウェル様を捕らえよと命が下されました。
我々は貴方に危害をくわえたくありません。
ですからどうか王の指示に従って頂きたい』
その場で全員が膝をつき頭を下げた。
『…分かりました。連れて行ってください』
騎士たちは礼をとり拘束具もつけず囲み歩いた。
先頭を行く騎士は険しい顔で歩く
王の間に辿り着き扉前の護衛に声を掛け程なく開く
煌びやかな室内で背もたれに背を預け頬ずえをつく
大変偉そうな男……此奴こそが愚王だ。
先頭の騎士に続きハイウェルその横に騎士2人
そしてその後ろにカインと2人ならんで歩く。
騎士は跪き王へと挨拶をした後ハイウェルを前へ促す
『…陛下、一体何事なのでしょうか?』
礼をした後にハイウェルが伺うように聞いた。
そんなハイウェルをフンと鼻を鳴らし
『…ハイウェル……お前、とんでもない事をしてくれたな
善良な振りをしてこの様な悪行を成すとは
王としてお前を処罰せねばならんでわないか』
そう忌々しそうに言った
ハイウェルと似た見た目なのに何処か下劣で
粗暴さと誠意の欠片も無さそうだ何より
あのくるんと丸まった髭が気色悪い
センスがどうのとは言わんどうせ俺は年中真っ黒だしな
だが、この小太りの髭野郎……自分の子なのにまるで
他人の子供を見るみたいにハイウェルを見やがって…
『…私が何をしたと言うのですか?
処罰を受けるような事をした記憶が私にはございません!』
ハイウェルが困惑した様子で言い募った時だった
『はっ!しらばっくれやがって!
お前がやったんだろう?
あんなに、優しくされてたのに!兄上を殺す様命じるとは!
とんだ恩知らずの様だな!!』
『…?な、なに……を!
兄様が死んだですって?嘘にしては酷すぎます!!
取り消してください。兄様、……兄様は何処ですか!』
必死に兄を呼ぶハイウェルに先頭にいた騎士が肩に触れる
顔を歪め今にも泣きそうな顔で言った。
『……スペンサー殿下の言われている事は事実です。
昨日の夜にアーサー様は城への帰路の途中襲撃にあい……
立ち向かわれたものの敵の卑劣な手により
……戦死されました』
震える身体で何とか立っていたハイウェルは
崩れ落ち膝を着いた俺はすぐに駆け寄った
俺の姿を見たのだろう愚王が声を掛けてきた
『…お前……お前は…勇者、勇者じゃないか!
は、ははは久しいなぁ。
妹との婚約を吐き捨て行方をくらましたと聞いていたが……
は!なんだ?お前は…そんな子供に付いていたのか!
はははとんだ笑い草だな!英雄だ何だと言われていた男が!
今では下賎の者とは!!!はははは』
「…ふっ、相変わらずだな。
サイモン王よ…アンタの噂は民の間で散々聞いたよ
いや、本物を見ると噂なんて当てにならないと思ったよ……
まさか、噂を上回る程の愚かさとは……
恐れ入ったよ!見事なまでのクソ野郎だ……」
やれやれといった風に頭を振り溜息を吐く
『…っ、き、貴様!調子に乗りやがって!
その、不敬な態度私にとるとは何事か!!!
処刑だ、処刑してやる!!ハイウェル共々なぁ!!!』
腕の中でさらに体を強ばらせ顔を青くしている
ハイウェルに大丈夫だと頭を掠めるように撫でた
揺れる美しい碧の瞳は涙で濡れていた。
愚王を睨み付けてやるとビクリと身体を震わせ
『そ、そいつを捕らえよ!捕らえよ!!』
騎士達が俺の周りをぐるりと剣を構え囲んでいた
そこへカツンと靴音が響く
『…お兄様、王陛下ともあろう方が何を狼狽えているのですか?
ふふふ…久しいわねアラン……いいえ、アヤト。
ねぇ、助けて欲しい?』
俺の方へ歩み寄り頬に触れられ顎を持ち上げられる
そのまま耳にそっと唇を寄せられ囁かれる。
『…私から逃げておいて、このザマなの?
不様に嵌められてしまって…呆れたわ』
吐息を吹き掛けられ顔を勢い良く離す。
(この女は昔から苦手なんだよな……タイプだけど…)
「はっ、それはそれは期待外れで申し訳ありませんねシンシア王女殿下サマ」
『…ふっ相変わらず生意気なのね。
変わらないのは姿だけでは無いのね、全く成長してないわ』
そう、俺は何故か老けない。
異世界から来たからなのか魔王の呪いかは知らんが
俺は今年で45歳だと言うのに未だ姿は25の時の姿で止まっている。
お前は変わらないなと言われるがそれはそうだろう何しろ時がピタリと俺だけ止まっているのだから。
俺とシンシアが見詰めあっていた時だ
『…おい!シンシア、そいつから離れろ。
全く、我が息子であるアーサーをよくも殺してくれたな!
ここにお前がやったという証拠があるのだ。
そこに居る宰相がこれを持ってきたのだ』
ビッと指を刺されお辞儀をしたのが宰相と呼ばれた男だ
『…私も驚きましたよ、まさかあんなに仲睦まじくいらした
アーサー様とハイウェル様が仲違いの末にこの様な事になろうとは……
全く、普段は善人であらせられるハイウェル様がこの様な闇の部分をお持ちとは……
いやはや私も人を見る目はまだまだの様ですね……』
そう言って掲げられた2枚の紙
1枚はアーサーに宛てて書かれたものでそこには
意見の相違により新たな提案と改善を申し立てたものだった
そして2枚目には暗殺の依頼が書かれた紙だった。
そしてその2枚には両方ともハイウェルのサインが入っていた。
筆跡も似ている気がするが解析出来るものが無いので分からない。
『…私ではありません!……そのような…その様なおぞましい事を私は誓ってしておりません!!』
『黙れ!ハイウェル!!…貴様、証拠もあると言うのにまだ否定するのか!』
『…私ではありません、そこに私の印はないでは無いですか!
私は手紙には必ず印を付けております』
『…ふ、ははは!……それはこれの事か?』
1枚の封筒にはハイウェルの印、白銀の鷲の印が付いていた。
『…な、何故……』
『だから言ったでは無いか!やはりお前だったんだな?
認めたらどうだ!!!』
『…そんな……』
『…やはりな、お前は民に好かれていた。
お前を次の王にとの声がやまないどころか年々増していた。
王太子であるアーサーが邪魔になったのだろう。
全く、とんだ偽善者ではないか!
そこのハイウェルを今すぐに断罪するのだ!!
生かしておくべきでは無い!!!!』
俯き涙を流しだしたハイウェルの頭を撫でてやる
「…全く、これだから能のない者に権力なんて持たせるべきじゃないんだ。
良いかよく聞けよお前達。
お前達が今日までのうのうと王族気分で居られたのが誰のお陰か知ってるか?
どうして俺がこの国を滅ぼさなかったのか知ってるか?
全てはここに居るこの子供のお陰だ。
お前達、いいやこの国はこの優しく誠実な王子に
守られていたんだ。……それが何故、分からない?
こいつがただの偽善で民に関わっていたと思うか?
違う!反乱が起こりそうな度に
こいつは何度も何度も街に行き改善しようと動いていたんだ!
たった一人でな!それが、なぜ分からない!
何故、知ろうとしないのだ!サイモン!!!!
貴様は王でも何でもないただのふざけた髭野郎だ!」
そこまで言うと俺はハイウェルの肩を抱きしっかりと立たせた。
『…っ、貴様ァ!!……かかれ!!!』
命令で動き出した何人かの騎士を剣で躱し薙ぎ払い蹴飛ばした。
カインにハイウェルを預け
背に庇う形で向かってくる奴らをたたっ斬った
全員が戦意喪失した所で俺達は逃げに出た。
ハイウェルを担ぎあげ廊下に出た
何事かと城内がパニックになったが向かって来るものは居らず逃げ仰せた。
ヒックヒックと嗚咽を零しながら泣いているハイウェルに言った。
「…お前はやっぱり幸福の王子だったな
だから、あの話しは嫌いなんだ…クソが
俺はお前に尽くして死んでやるつもりなんてねぇぞ
俺はツバメになんてなってやらねぇ。
けどな、俺はお前みたいな奴が俺の前で死ぬなんて
絶対に許さない。
あいつらには死ぬ程、いや、死にたくなる程の後悔をさせてやる……」
ハイウェルが降ろせと言ったから降ろしてやると
『……私は、この国を終わらせたくありません。
私は必ず、兄様の仇を討ちます。
兄様は喜ばないでしょうけれど……それでも。』
「…いいぜ、俺がお前の力になってやる。
前からあのサイモンは気に入らなかったんだ
必ず……必ず復讐してやるよ……
その時が来るまで俺はお前の傍に居て護ってやるよ」
こくりと頷いたハイウェルはもう、幼さの残らない
意思の強い瞳をしていた。
冷ややかな色に業火を乗せた美しい瞳に目が離せなかった。
「…待っていろお前らに必ず地獄を見せてやる」