⑥丙級探索者 城戸 我意亞
渋谷区代官山町某所に、45階建ての『代官山エグゼクティブ』というタワーマンションがたっている。
城戸 我意亞とその恋人である天津 晴美は『代官山エグゼクティブ』の39階、3939室で同棲をしていた。
間取りは3LDK+WIC+SIC+S、専有面積147㎡。
これはつまり、147㎡内に3つの部屋とリビング・ダイニング・キッチンとシューズインクローゼットとウォークインクローゼット、さらにサービスルーム(納戸)があることを意味する。
ちなみにリビングは37帖だ。
当然賃貸ではなく、気になるお値段は約7億円。
丙級上位である我意亞の年収は億を軽く超え、身分としては地方公務員にあたる。特別職非常勤職員というやつだ。
通常、公務員であったとしても非常勤の者は契約社員として審査されるのだが、大変異前の常識とはやや異なり、協会所属の丙級以上の探索者については身分としては非常に強いものがある。ゆえに各種ローンも問題はない。
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黎明遠く、鳥が鳴くにもまだ早すぎる時刻。
晴美はいつもの様にベッドを抜け出した。
隣室──…我意亞の寝室へ行く為だ。
二人は寝室を別にしている。
これは関係が冷え込んでいるからとかそう言う事ではない。
どれほど親しい関係でもいつでもどこでも一緒と言うのは、悪い意味で二人の関係に慣れてしまう。それを危惧した晴美が我意亞に提案し、我意亞もそれを受け入れたからだ。
愛する恋人が近くにいるというのに、一人で眠るのはとても寂しい。
しかし恋の熱に心が炙られ続けていてはいずれ心が疲弊してしまう。
寂しさとはつまり、熱で火照った心を潤す冷水であった。
晴美は合理的な女だ。
合理的ゆえに恋というものがどれだけ不確かなのかを理解している。
どれだけ相手の事が好きでも、所詮は脳の電気信号の産物なのだと理解している。
だが理解しているからこそ、恋の消費期限を先延ばししようとアレコレ考えているのだ。
それもこれも我意亞が大好きだからである。
だがなぜそうと理解していながらも、晴美は我意亞の寝室へ潜り込むのか。
理由は一つしかなかった。
恋の為に必要な冷水の量がちょっと多すぎて、晴美は寒くて寒くて今にも凍え死にそうだったからだ。
自分で言い出しておいてしょうもなさすぎる、とは晴美自身も思ってはいるがどうにもならない事もあるのだと割り切っている。
晴美は合理的な女だが、人間関係は非合理的な要素の集合体であるとも割り切っている。
「がっちゃん」
暗い寝室で、晴美はぽつりと呟く。
起こしてしまうかもしれないという危惧はあったが、これもまたどうしようもなかった。
何故かと言われても、非合理的な理由なので晴美にもよくわからない。
ちなみにがっちゃんというのは我意亞の愛称だ。
晴美の視線は我意亞の寝顔で注がれている。
次いで、どこか申し訳なさそうに掛け布団を持ち上げ、そっと我意亞に寄り添って眠りについた。