⑤レベル55ダイバー、あやち他
◆
先日、清澄白河駅7番出口近くでダンジョンが形成された。江東区一帯も管轄する探索者協会墨田区支部は、迅速に外調を派遣する。その際、高野グループにも協力を仰いだ。
そしていくつかの事が分かった。
まず、このダンジョンにモンスターはいない事。
しかしその代わりにいくつかの謎を解く必要がある事。
さもなければ脱出が出来ないのだ。終わりのない一本道を永久に歩き続ける羽目になる。
だが協会外調はこの謎を解いた。
同行した高野坊主のおかげである。
心霊現象や異常事態の解決を専門とする彼等はこの手の謎解きに長けている。
──『モンスターは無し。謎さえ解ければ簡単に脱出可能。見込める素材は通路各所の設備類など。難易度としては戌、ただし特殊性を鑑みて丁級指定とする』
それが協会の判断だ。しかし協会は他に謎はないのかどうか最後の詰めをする必要があったため、情報公開には一拍を置くつもりだった。
問題はここからである。
この情報が公開される前に、DETVのダイバーチームがこのダンジョンに潜入してしまったのだ。
レベル55の女性ダイバー、高山彩こと "あやち"、そしてレベル40台の男性ダイバー二人と撮影担当の一人を含む四人チームだ。
ここ最近かなり稼いでいる売れっ子だった。なにせ外見が良い。アイドル並みの美貌を誇るあやち、そしてなんだかしょっぱい感じの男3人。
キモは男たちの容姿だ。
彼等が狙うリスナーは所謂弱者男性で、男の影をとにかく嫌う傾向があった。
だから敢えて容姿が微妙な3人を揃え、ヘイトを受けない様にしたのだ。これがイケメンだと男性リスナーが減ってしまう。
まあ女性リスナーが増えるかもしれないが、あやちのスタイルはコビコビ天然スタイルなので、女性リスナーもすぐに消えてしまうだろう。
情報公開前のダンジョンに探索する……それは非常に危険な事だが、もし探索で一定の成果を残せたならば偉業と言える。
当然再生回数も爆上がり間違いなしだ。
しかし四人はこのダンジョンにモンスターが存在しないこと、そして謎についての事も分かっていた。
それはなぜか?
DETVの社長である尾白 皇華が彼等に情報を流したのだ。だが尾白がどのようにしてこの情報を手に入れたのかは分からない。
◆
東京都江東区白河一丁目にある清澄白河駅7番出口ダンジョン。
協会が入口に規制線を引いているが、現行法ではダンジョン入場は万人が可能だ。意味がないわけではない。ダンジョンは外から見て分からないため、ここはダンジョンになっていますよという警告には大きな意味がある。
四人のチーム──…坂本 健司、遠藤 真、浅野 圭吾、そしてリーダーである女性ダイバーのあやちらは余裕の面持ちでダンジョン領域へと足を踏み入れていった。
・
・
・
「ハロー、ダイブワールド!あやちです!さあ、みんな、ここが今日のダンジョンだよ!」と、あやちが配信用のカメラに向かって語りかける。
撮影担当の浅野はカメラをしっかりと構え、あやちの輝くような笑顔を映し出した。テンプレに忠実なたぬき顔の美人だ。
──相変わらず見た目だけはいいよな。馬鹿だけど
浅野は内心であやちを馬鹿にするが、そんな見下し男である浅野があやちに惚れている事はあやちを除くメンバー全員が知る所だ。
「どんなダンジョンなんだろうね!?ここは協会も情報を公開していないダンジョンだからもしかしたらとっても危険かも…」
あやちがカメラに向かってナヨ散らしているが、万が一に備えての戦闘担当である遠藤と坂本は余裕の表情だった。
そもそもモンスターなんていないと知っているからこそである。それでもついてきたのは、万が一の戦闘という事もありえるから念には念をというわけだ。
更にいえば、彼等二人もあやちに惚れていたというのもある。
遠藤、坂本、浅野はそれぞれあやちに惚れており、互いに互いを見下している。
──なんて馬鹿なんだ。あんな露骨な視線を向けるようじゃ態度じゃあやちは見向きもしてくれないだろうな
と。
ともかくも探索は始まった。
通路はひたすら続き、何の気配もない。
歩き出してすぐにあやちが蛍光灯の不規則な配置に気づく。まあ出来レースなのだが。
「あれ?なんだか蛍光灯の位置がおかしいね」
あやちがカメラに向かって言う。
こうして口に出す事が重要なのだ。その場の全員が謎を認知しなければならない。
「モンスターさんはどこかでおねむかな?」
あやちは全くビビッてない風に笑顔を浮かべる。余裕の筈だ。モンスターがいないと分かっているのだから。
さらに進むと、あやちは壁に貼られたポスターの一枚が真っ白な事に気付いた。
「あれ!?このポスター真っ白だよ、印刷ミス?」
勿論余裕の笑顔。
こんな調子であやち達はどんどん異常を見つけていった。
しかし──…
「え、っと」
あやちが言い淀む。
カメラマンの浅野はいぶかしんだ。
そんなセリフは台本にない。だがすぐに理由に気づき、あやちに良い所を見せようと異常を暗に示そうとするのだが…
──次、ほら、あの異常だよ。あの…あれ?なんだっけ
思い出せない。
浅野はすがるような視線を遠藤と坂本へ向けた。あやちと合わせて二人分のおすがり視線だ。
そこで二人も事情を理解して、異常を教えようとするものの……
言葉が出ない。
4人の顔色がみるみる変わっていく。
浅野はカメラを止めた。
「な、なあ!えっと……次の異常、なんだっけ。最後の異常だよ。誰かメモしてない?」
浅野の声には焦燥が滲んでいる。だが一人くらいはメモするなりはしてるだろうと楽観的な気持ちもそれなりにある。
「い、いや、俺はメモしてない」
「俺も……」
しかし現実は無常だった。
あやちは必死で思い出そうとするが、混乱で思考が乱され、時間の経過とともに記憶に繋がる細い糸がどんどん焼き切れていく。
「ど、どうするのよ!」
あやちは怒鳴った。
普段の快活ニコニコあやちの姿はもうどこにもなく、表情には般若のそれが浮かんでいた。
だが、こういった場面でこの態度は悪手にも程がある。
あやちの怒声など聞いた事もないし、これから先も聞くことはないだろうとおもっていた間抜け3人は、ただでさえ少ない記憶容量を更に狭め、そんな彼等をみたあやちもまたパニックの度合いを深めていく。
そして結局というか、やはりというか。
4人がダンジョンから出てくる事は無かった。
3日経っても1週間経っても。
ずっとずっと出てくる事は無かった。
なお、DETVはこの件に対して一切の説明をしていない。