第八章 手紙(5)
私は、母親の言葉が何を意味しているのかすぐには理解できなかった。母親の言葉を無視するかのように、改めて尋ねた。
「えっと・・・。加代さんは、今もまだ長野にいらっしゃいますか?」
「いえ、先月、亡くなりました。」
今度は、母親の言葉がはっきりと聞こえた。しかし、その意味を理解することができなかった。言葉を失った私に、母親は続けた。
「長野から4月にこちらに戻ってきました。そして翌日、洋平に会うと言って家を出たのですが、洋平の車で事故に遭って・・・。」
私は思考が止まったまま、「何と言っていいか…」と呟くように言った。
「ごめんなさい。」
母親も電話の向こうでむせび泣いている。
「こちらこそ、すみません…僕も少し・・・。ごめんなさい・・・。すみません。僕も何も・・・。すみません、ちょっと、わからなくて・・・。改めて電話します。」
声を詰まらせて泣く母親の声を聞きながら、私は受話器をそっと置いた。
その後のことはあまり覚えていない。仕事に行ったと思うが、まともに働いていたのだろうか。無表情で、無意識のうちに仕事をしていたのだと思う。
2、3日、空虚なまま過ごした。その間の記憶もほとんどない。
母親から聞いた「亡くなりました」という言葉だけが、頭の中で何度も繰り返えされていた。
数日後、まだうまく理解できていないまま、改めて加代の母親に電話をかけた。
母親は、加代が実家に戻ってからのことを話してくれた。
4月の初めに突然、長野から帰ってきたと言う。恐らく、私に手紙を出した直後のことだったようだ。
加代は長野で農作業をしながら、いろんなことを考えていたらしい。無心で作業をするうちに、気持ちが落ち着き、考えが整理できたと言っていたそうだ。洋平と付き合い、彼の暴力から逃れるために一人で都心に出た。そして、アルバイトを始め、自立を考えていたようだが、家の近くで洋平を見かけ、再び逃げるように長野に行った。精神的に落ち着かない生活を送っていた。そして、自分に起こった問題にいろんな人を巻き込んでしまったことを悔いていたらしい。
私が「簡単な道に逃げるのは、自分自身から逃げるのと同じことだ」と言ったことを思い出し、加代に何かしらの変化をもたらしたらしい。
加代は、洋平と話し合って自分で解決しようと決心し、帰ってきたと言う。
実家に帰った翌日、洋平に会うために家を出たが、その後、酒を飲んだ洋平が加代を車に乗せ、トラックと正面衝突したらしい。トラックの運転手も亡くなるほどの大事故だったようだ。加代の死を私に知らせようとしたが、連絡先がわからず、これまで連絡できなかったと母親は語った。
私は、母親の話を聴きながら、涙が止まらなかった。
後日、加代の荷物を母親に送ることにした。加代が読むはずだった本棚の本は送らなかった。




