第五章 少女(6)
昼前に池袋に着いた。加代は十六時の出勤だから、まだ時間には余裕がある。
ランチ前で空いているファストフード店で、早めの昼食を摂った。
私の買い物スタイルはあらかじめ買いたい物を決め、それだけをいくつかの店で比較し、最終的に決めるというシンプルなものだ。ジーパンはいつも決まったブランドで、サイズを合わせて裾を上げてもらうだけ。上着に関しては、ジャンパーにするかジャケットにするかも決めていなかったが、加代に「夜、仕事が終わった後に着るイメージだ」と伝えると、店を回るたびに彼女が見立てた服を私に見せてくれた。それらは、普段の私なら選ばないようなデザインだったが、どこか妙にしっくりと感じた。
私の服を探す合間に、加代も自分好みのブティックを見つけては嬉しそうに店内を見て回っていた。外で待つ私と目が合うと、すぐに店から出てくる。待たされるのが苦手な私には、この短い待ち時間が助かった。
二時間ほどして、結構な数の店を見て回った結果、私が気に入ったのは、自分ではおそらく選ばなかったであろうダッフルコートだった。しかし、ふと加代を見ると、少し疲れた様子だったので、「お茶でもして、少し休もうか」と声をかけた。「そうですね」と加代が頷き、私たちはデパートの上層階にある少し高級そうな喫茶店に入った。店内の洒落た装飾とゆったりとしたソファに、加代は少し緊張した様子だった。
「さっきのダッフルコートが良かったな。それにしようかと思ってる。」
「気に入るのがあって良かったです。私もさっき見たワンピースが気に入りました。ちょっと高かったから買えないけど、見るだけでも楽しかったです。」
加代は少し高揚した様子で、見て回った店や服のデザインについて楽しそうに話していた。私もそんな加代を見ているのが楽しかった。
私の選びがちな地味なデザインについて、彼女は「おじさんっぽく見えるから、もう少し若い人向けの服を着てもいいですよ」と厳しいコメントをくれた。専属スタイリストになってもらいたいとさえ思った。
話が盛り上がり、ふと時計を見ると三時を過ぎていた。加代はそろそろ店に向かう時間だ。結局、今日はジーパン一本しか買わなかったが、買い物の時間は楽しく過ぎてしまった。
「そろそろ行こうか。」
「今日は、目的のコートが買えなかったので、今度、またお付き合いさせてください。 それまで買っちゃダメですよ。」
「うん。その時は頼むね。」
「はい。約束ですよ。」
私たちは喫茶店を出た。その時、店の向かいにある画廊が目に入った。ショーウィンドウには、肩越しにこちらを見て微笑む少女の絵が飾られていた。どこかで見たことがある絵だ。おそらく有名なレプリカだろう。
その少女の少し開いた唇が、加代のそれに似ている気がした。
「私、テレビでこの絵を見たことがあります。少し悲しそうに見えますよね。きっと、別れの挨拶をしてるんですよ。」
「そうかも知れない」と、私も思った。
駅に向かう道では、人々が慌ただしく行き交い、私と加代の間に容赦なく割り込んでいく。気にしていなければ、加代とはぐれてしまいそうだった。切符を買い、改札に向かう際、後ろから人が押しのけるようにすれ違って行った。その時、不意に加代が私の手を握ってきた。一瞬だけ、加代の手が少し強く私の手を握ったように感じたが、彼女はすぐに手を離して足早に改札に入っていった。
加代が振り向き、「また、明日ね」と、唇が動いているのがわかった。私は、そんな加代の行動に少し唖然としながら、彼女の後ろ姿を見送っていた。
その瞬間、先ほど見た絵画の少女の唇と加代の唇が重なったように感じた。
・・・。
そして、その翌日、加代は店を辞めた。




