第五章 少女(1)
「今晩、泊まっていいですか?」
「えっ。」
突然の加代の発言に、私は一瞬言葉を失った。
夜遅く、コンビニで偶然会ったという状況自体が、すでに不自然だった。加代の住む街はここから遠いはずだし、何より仕事帰りの様子でもない。彼女がこの場所にいる理由が、どうにも腑に落ちない。
「それはまずいよ。まだ、電車あるよね。家に帰った方がいいよ。」
私の声には、いつもより少し緊張感が混じっていた。常識的な対応を取ることで、なんとか自分を落ち着かせようとする。しかし、加代の顔には困惑と不安が浮かんでいる。
「今日、先輩の家に居たら、先輩の彼が来て・・・。先輩は仕事から帰ってこないし。帰ってくるまで待つと言うんですが、私はちょっとその彼が苦手で、用事があるって家を出てきたんです。」
加代は俯きがちに話しながら、指先でカバンのストラップをいじっていた。その動作が、彼女の心の中の不安を物語っている。
「先輩は?何時頃に帰ってくるって?」
私は冷静を装いつつ問いかけた。
「さっき、ポケベルを鳴らしたんですが、今日は飲み会で遅くなるって返事があって。」
加代の声には、微かな震えが感じられた。彼女が抱える不安が、私の心にもじわじわと染み込んでくる。彼女が先輩の家から出てきた理由を聞いて、私は内心で葛藤していた。美香の彼がどんな人かは知らないが、加代が「嫌だ」と言うことを無理強いさせるのは、多少、良心が咎める。
「じゃあ、先輩の飲み会が終わるまで、時間潰しに付き合うよ。」
私の提案に加代は安心したように頷いた。コンビニのカウンターで、私は二人分の缶コーヒーを買い、手渡すと、加代は感謝の言葉を呟きながら受け取った。
駅近くの小さな公園へと足を運び、街灯の淡い光が差し込むベンチに並んで座った。
秋の夜風が少し冷たく、加代は肩をすくめながら、静かに口を開いた。
「先輩の彼とは、何度か会ったことがあるんですが、いつも私のことを変な目で見るんです。前に一度、突然、酔って家に来たことがあって・・・」
加代が話すうちに、その言葉一つ一つが、私の胸に重く響いた。彼女の声は小さいが、真剣さが伝わってくる。
「その時、先輩がいなかったけど、電車もなくて、仕方なく泊めたんですが、夜中に起きた彼が、私の布団に入ってきて・・・」
「・・・。」
「その時は、『やだ!』って、ちょっと大きな声を出したので、何もなかったんですが。でも、やっぱり二人でいるのは不安で。」
私は加代の隣で、空を見上げた。夜空には、ぽつりぽつりと星が瞬いている。
私は彼女の横顔を何度も見ていた。彼女が話すたびに揺れる前髪や、冷えた缶コーヒーを両手で包み込む仕草が、私の保護欲をそそった。




