第三章 歓迎会(9)
加代の先輩である美香は、加代が洋平から暴力を受けていたことを知り、実家を出て洋平との距離を置くことを勧めたそうだ。時間が経てば自然消滅するだろう、というのが美香のアドバイスだった。母親もその意見に同意し、加代が美香の家にしばらく住むことを了承した。
この頃は、まだ携帯電話が普及しておらず、若者たちは主にポケベルを使って連絡を取り合っていた。加代もポケベルを持っており、見せてもらうと、同じ番号から頻繁にメッセージが届いていた。すべて洋平からのものだという。
加代はすでに実家を出て、連絡を絶ってから一カ月以上が経過しているようだったが、この数日間でも一日に数回メッセージが届いている様子を見て、その男がどれだけしつこい性格かが窺えた。
「私が実家に戻ったことを彼が知ると、また家に来るかも知れないので、しばらくは家に帰らないつもりでいます。」
加代の言葉には、まだ洋平の影に怯える気持ちが滲んでいた。どうやら加代の友人と洋平の友人が繋がっている可能性もあるため、安易に戻ることに不安があるらしい。
「その彼が諦めるまで、先輩の家にお世話になるんだね。」
私は軽く頷きながら尋ねた。すると、加代は少し戸惑った様子で首を振った。
「いえ、先輩の家はそれほど広くないですし、迷惑を掛けていると思うので、自分で部屋を借りるつもりでいます。」
彼女の声には決意が感じられた。だが、その決意の裏には不安も見え隠れしていた。
「もし、僕に何かできることがあったら言うんだよ。」
私の口から自然に飛び出した言葉だった。もしかするとお節介に思われるかもしれないが、困っている人を見ると無条件に手を差し伸べたくなってしまう。
こんな性格は、東京での生活には不向きかもしれない。以前も、バイト仲間にバイクの事故で困っていると聞き、そのまま信じてお金を貸したが、結局その相手はバイトに来なくなり、連絡も取れなくなった。他の店員からも少額の借金をしていたらしく、結果的に私が一番損をした。何度痛い目に遭っても成長しない自分が情けないと思いつつも、やはり困っている人を見過ごすことができなかった。
加代にも、僅かな疑いの気持ちが浮かんだが、彼女の真剣な顔を見ると、疑う余地はないと感じた。
「本当に、困ったら何でも相談に乗ってね。」
そう言って、私はテーブルのペーパータオルに自分の部屋の電話番号を書き、加代に手渡した。彼女は少し驚いた表情を見せたが、ありがとうと言ってそれを受け取った。
ランチタイムが近づき、店内にも少しずつ客が増えてきたため、私たちはファミレスを後にした。私は駅まで加代を見送ることにした。
駅の改札で、加代は振り返り、私に大きく手を振った。私もそれに応え、小さく手を振った。加代の背中を見送りながら、昨夜の歓迎会に行く前と今とでは、彼女に対する自分の視線が大きく変わったことに気づいた。一晩を共に過ごし、彼女の秘密を知ってしまったことで、店で彼女とどう接すればいいのか、少し悩む自分がいた。




