第三章 歓迎会(8)
「私、彼に暴力を受けていたんです。」
その言葉が耳に入った瞬間、私の頭の中が真っ白になり、何をどう答えるべきか全く思い浮かばなかった。ファミレスの穏やかな朝の空気が、一気に冷え込んだように感じた。加代の告白の重さが、店内の静けさを一層際立たせた。
私はただ加代を見つめたまま、言葉が出てこなかった。彼女の突然の告白に対して、何を言えばいいのか、自分がどう感じているのかさえも分からなかった。私の混乱した様子をよそに、加代はそのまま話を続けた。
「高校の一年先輩で、半年くらい付き合っていたんですが。」
「・・・。」
「始めの頃は優しかったのですが、私が大人しくて、はっきりしない態度をした時に突然怒り出して、『はっきりしろ』と、軽く殴られました。」
「・・・。」
「最初は、暴力を振るった後に、悪かったと謝るので、反省して暴力は無くなると信じていたのですが、そのうち謝ることもなくなって・・・。」
「・・・。」
加代は淡々と話していたが、その背後にある恐怖や孤独は、彼女の表情から伝わってきた。彼女の言葉の一つ一つが、私の心に突き刺さるようだった。
「多分、私の態度がいけなかったのだと思います。一度、暴力を振るわれてから、余計に自分の気持ちを言えなくなって。別れたいっていう態度になったのが、余計に気に食わなくなったんだと思います。家に来るたびにちょっとした拍子でも殴られるようになりました。」
「ご両親には?」
「中学の時に離婚して、お母さんと二人になって・・・。お母さんが遅くまで働いていたので、彼はいつも私の家に来ていました。」
「じゃあ、逃げ場がなかったね。」
「こんなことを相談できるような仲のいい友達もいなくて。」
「・・・。」
私は掛ける言葉が見つからず、ただ彼女の話を聞くしかなかった。彼女の話は続くが、私はそれにどう答えればいいのか分からないままだった。
「一度、お母さんが彼に暴力の事を注意すると、彼が逆上して『証拠はあるのか』って。それ以来、お母さんも彼に強く言えなくなって。でも、私に早く別れなさいと言っていました。私も彼に『別れたい』と何度も言ったのですが、なかなか別れてくれなくて。」
「警察とかには?」
「警察にも相談したのですが、事件にするには少し難しいって言われて。中学からの先輩が東京で働いていて。相談したら『とりあえず家においで』って言ってくれて。」
加代の告白を聞きながら、私は無力感に苛まれた。当時は、ストーカーやDVについての法整備が不十分で、警察に駆け込んでも「民事不介入」として取り上げてもらえないことが多かった。特に、ストーカー行為に対する取り締まりが難しく、被害者が助けを求めても、警察が動けないまま、事態が悪化してしまう例が後を絶たなかった。
私は、加代に掛けるべき言葉を見つけられず、ただ、彼女の話を聞き続けることしかできなかった。




