第三章 歓迎会(3)
私が仕事を終えて店を出たのは、すでに二十三時半を過ぎていた。迎えた夜の静けさが、ようやく肩の力を抜く瞬間を与えてくれる。外に出ると、冷たい夜風が少し肌寒く感じられ、店内の喧騒がまだ耳に残っていた。
歓迎会の前半はすでに終了しており、後半戦へと移っている時間だった。後半はいつも、終電を気にしなくても良い人たちが集まり、朝まで続く飲み会に変わる。私は店に着くと、残っていた数名のアルバイトと乾杯を交わし、「加代ちゃん、これからも頑張ってね。」と口々に声を掛けられた。みんなが立ち上がり帰っていく姿を見送った後、私も加代に「これからもよろしく。」と声を掛けると、彼女は笑顔で応え、先に店を出ていった。
その後、残ったメンバーで、主役のいないままの歓迎会が続いた。店が予想以上に忙しかったこともあり、私自身少し疲れが溜まっていた。終電で帰るつもりだったので、勢いにまかせてビールを数杯立て続けに飲んだこともあって、酔いが回るのも早かった。周りを見渡すと、翌日が休みの人や、朝まで飲むことを覚悟している常連たちばかりが残っている。そこに、調理場の若いスタッフたちが合流してきた。彼らはまだ十代の修行中の店員たちで、無限の体力を持っているようだった。このままこの流れに身を任せると、朝まで道連れになるのは目に見えていた。私は、程よいタイミングを見計らい、少し後ろ髪を引かれる思いで、主役のいない歓迎会から静かに抜け出した。
終電間近の新宿駅は、まるで人気歌手のライブ会場のように、人で溢れかえっていた。皆が一つの方向に向かって押し流されるように歩き、そこかしこに酒の匂いが漂っている。若い女性たちもフラフラと、まるで何かに取り憑かれたような足取りで進んでいた。私はその流れに逆らうことなく、混雑するホームへと向かい、ようやく停まっていた電車に乗り込んだ。
車内は、さらに一層の混雑で、蒸し暑さと酒臭さが充満していた。人々の体が押し合いへし合い、私の息苦しさは増していく。目の前に立っているのは小柄な女性で、混雑が辛いと見えて、俯いて口元をハンカチで押さえていた。その姿に、ふと既視感を覚え、胸の奥がざわついた。どこかで見たことがあるような…そんな感覚にとらわれながら、私は女性の首筋に目をやった。見えたのは、あの青痣だった。
目の前にいるのは、加代だった。彼女もこの電車に乗っていたのかと驚いた。彼女は俯いたまま身動き一つしない。電車が揺れるたびに、加代の髪が微かに揺れ、そのたびに青痣がちらちらと見え隠れする。私は眼の前の加代が気になって仕方がなかったが、何か話しかけるべきなのか、どうすれば良いのかと悩みながらも、結局、ただその場で立ち尽くしていた。
やがて電車は次の駅に到着し、車内の混雑が少し和らいだ。しかし、加代は私に気づくことなく、そのまま俯いていた。私は結局、何も言葉を掛けることなく、電車を降りた。




