第三章 歓迎会(1)
加代が店で働くようになってから、一カ月が経った。まだ秋の名残が感じられる日々で、店内の窓から差し込む夕方の光が、店の床に柔らかい影を作っていた。店内は、夕食時の混雑が少し落ち着き、静かになりつつあった。
しかし、社長の呼び出しの勢いは相変わらず衰えない。「他の店を見回りに行ってもらえば助かるのに。」と私は内心思いながら、カウンターの後ろで作業をしていた。その時、突然「ガチャン!」と大きな音が響いた。私の目が音の方向に向かうと、加代が湯呑を手から滑らせ、割ってしまった光景が目に入った。割れた湯呑からこぼれたお茶が、近くに座る客のズボンに飛び散っていた。
加代は、驚きと焦りが混ざった表情で、すぐに客に深く頭を下げて詫びた。私は急いでおしぼりを手に取り、客のところへ駆け寄った。客のズボンを確認すると、幸運にも大した汚れはなく、客も特に怒っている様子はなかった。店内には、落ちた湯呑の破片が散らばっており、加代は小さな声で「すいません」と言いながら、掃除道具を取りに走っていった。
私は、客に丁寧にお詫びをしながら、何気なく視線を上げると、社長の冷たい目線が私をじっと見つめているのを感じた。胸が一瞬、ドキリとした。「まさか、これはまずいぞ」と思う間もなく、案の定、社長に呼び出されてしまった。
半年以上働いて、これまで一度も呼び出されたことのなかった私にとって、これは初めての屈辱だった。他の店員からは「優等生」として見られていただけに、無敗記録がここで途絶えてしまうことが残念でならなかった。
社長のお小言は予想よりも短かった。社長はその日の機嫌が比較的良かったのか、また、打ち合わせで他の店に行く予定があったためか、長々と説教する時間がなかったのだろう。店裏での短いお叱りの後、私は深い息を吐きながら、表に戻った。
戻ってみると、加代が心配そうにこちらを見ていた。加代の大きな目は、申し訳なさと不安で揺れていた。私はそんな彼女に微笑んで、「大丈夫だったよ」と優しく声をかけた。
加代は申し訳なさそうにうなずきながら、再び仕事に戻った。




