表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/11

準備

 家に着くとここにもわたしの落ちつける場所なんかないってすぐに思った。自分の家なのにそうじゃないような違和感。玄関の戸は取っ払われて、玄関右手の客間には蛍光灯がこうこうと輝き、光をばらまいている。夜の十一時をとっくにまわっている。暑苦しい熱帯夜のこの日に村の家々の代表らしきおじいさんやおとうさんが家の蛍光灯に大集合していた。客間に面した縁側のガラス窓には、大きな蛾も止まっている。だんだん場違いな気がしてきた。わたしのこと、死者を運ぶ死神を見る目で見ている。違う。憐れんでいるのね。わたし、死神じゃないわよ。だってほら、死体なんて持ってない・・・取っ払われた玄関を、対死神視線の緊張の中を、手ぶらのわたしはサンダルを脱いで奥の部屋にはいっていった。あとからタクシーの運転手と父と弟が死者を運ぶ。客間の奥は仏壇の部屋で、その右手はじいちゃんとばあちゃんの部屋だったが、今は違う。死者の部屋だ。なんだかすべてが準備万端で、敷いてあった布団に死者は招かれた。振り返って仏壇の方を見ると仏壇の並びの床の間にはすでに白い祭壇があって、祭壇の上で黒白幕を吊るしてる人がいる。葬儀屋か、わたしはますます居心地が悪くなった。襖はどこに消えたのかな?みたいな顔をしながら、二階の自分の部屋へ帰る機会をうかがっていた。部屋にはもうセレモニーを待っている喪服のワンピースがかかっている。おばあちゃんに言われたから出しておいたんだ。おばあちゃん、自分の子供が死ぬのに、どうして準備なんかしておけって言えるの?すぐには、その理由がわからなかった。

 日にちがよくないらしい。葬儀は2日後に決まった、と弟は伝えてくれた。わたしは部屋に逃げ込むことに成功していたが、慌しい気持ちに変わりなかった。

 簡単な仮通夜のために、喪服に着替える。母の使っていたのはワンピースタイプ。母の実家のおじいちゃんが亡くなったときに着ていたかもしれない。わたしは、まひろちゃんくらいだった。不思議な気持ち。服はパーソナルなものだったはずでは?喪服はわたしに似合うでもなく、似合わないでもないサイズだった。こうやって、主人を失った服はひとつずつ消えていくのかもしれないと思った。

 本当に落ち着かない。わたしの家なのに、わたしの家なのに、これじゃぁ病院の居心地の方がましだと思った。台所は、村の親戚、むこう三軒両隣の人々に支配されている。気に入らなかった。わたしのお城なのに、わたしのお城なのに、勝手にひきだしを開けないで、と横目で叫んでいた。家の者はなにもしてはいけない、御勝手衆に任せるもんだということを知らなかったからではない。わたしにも父と同じように我慢して守ってきた気持ちがあるのだ。いらいらした。いろんなことを尋ねられる。どこになにがあるのか、使い方、わたしは夜食のおにぎりをもらって、また二階の部屋へ引きこもった。


 交代で泊まりこんでいたせいで、家で寝たのは久しぶりのような気がした。

 朝になってもわたしは階段を降りなかった。来ている親戚にあいさつし、ねぎらいの言葉、わたしの顔を見る悲しそうな顔、みんなうざったかったから。ぼんやり思い出にひたっていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ