タクシーは夢の中
家へむかうタクシーの用意ができたらしく、運搬されていく死者。その後ろをとぼとぼ見送るようについて行くわたし。緊急用とも違う出口には、胴の長い送迎用のタクシーがとまっていた。真っ黒な大きな口を開けて、死者を待っていた。大きな口の側には、それを扱い慣らした運転手が立っていた。運転手は、わたしの顔を見た気がしたが、わたしは運転手の方を見なかった。死者の側にはわたしが付き添った。車の免許は持っていたが、父は自分の運転してきた車をおいては帰れない。父は、わたしたちに乗っていくように言って、車を取りに外の闇に消えた。わたしは、死者を運び入れ、そのままタクシーに乗り込み、付き添い用のイスに腰をかけた。死者の右側に縦に並んで座った、わたしと弟。運転手は運転席について、わたしを見ないまま、横顔を見せてこう言った。
「いやぁ、覚えてますてぇ。こないだ一時退院するがぁっていって、送っていったのが、私ですてぇ。うれしそうな顔してらしたんどものぉ、残念らのぉ。」
思い出した。7月の20日だったかな、揺れが身体にさわると言って、ばかが付くほどにゆっくりと時間をかけて家まで連れて行ってくれた、あの運転手だった。その日もわたしが付き添った。水が飲みたい、おしぼりが欲しい、外が見たい、わたしができることばかりを注文しながら、家へ帰った日のことを、思い出していた。あの日から一月も経っていなかった。私は外を、流れる家のあかりを見たかった。が、ここはあの時の、病院への送迎タクシーの中ではなかった。気軽に窓についたカーテンを引く気になれなかった。連れて行く、のではない。運ばれて、行くのだから。真っ暗な中に白いシートが蛍光して、浮かび上がった。恐ろしかった。なんだか死んだ自分に付き添っている気がしてきた。どうしよう、この顔を覆っている布の下に、私の顔があるかもしれない。蒼白く、不純物の混じった汚れた紙粘土みたいな皮膚に包まれた、魂の脱け殻にわたしの顔、わたしは、夏の暑さを忘れそうになった。たまらずカーテンを引いていた。外の景色は、またゆっくりとしか流れていなかった。反対車線は花火大会の交通規制のために流れがよくなかった。それと同じくらいのスピードで流れる外の景色。もう1時間もすれば、このバイパスも混雑してくる。毎年、混雑を避けて1回目の三尺玉を見ると引き上げていた。うしろを振りかえり、立ち止まって、また歩き出す。河川敷から駅への道は、これを繰りかえす。また、花火の音がどーんと胸に響くと振りかえる……
後ろに座っていた弟が、わたしの肩をたたく。振りかえって後ろのカーテンに隙間をつくってのぞいた。父の車がついてきている。ライトの光が差し込んだ。もうシートは浮かび上がっていなかった。でも、恐ろしかった。一生、このうす暗いタクシーの中のような気がしていた。