9.きっと気づかない
レイニグラン王国の発魔所は、王城の敷地内に併設されていた。
騎士団隊舎と宮廷の真横。
仰々しい倉庫を大きくしたような建物がある。
「ここだ。中に入ろう」
彼に案内されて中へと入る。
室内は天井が高く、身の丈の三倍はある大きな魔導設備がずらっと並んでいる。
一目見て、これが魔力を生成して送り出す装置なのはわかった。
わかったのだが……。
「随分と古いものを使っているのね」
「そうなのか? 悪いが魔導具に関してはさっぱりなんだ」
「かなり古いわ。たぶん、二世代以上前の形式ね。セイレストで使っていた設備と性能的に差があるわ」
魔導具には必ず、魔晶石から魔力を吸い出す式が組み込まれている。
その式との相性や、組み込んだ魔法使いの熟練度によって、魔力の吸収効率が変化する。
長い歴史の中で魔導具技術も発展、進化してきた。
より高速に、最大出力の魔力が生成できるように。
だから古い形式の魔導具は、それだけで効率が悪かったりする。
「これは替えないといけないわね……」
「設備をか? それはかなり大掛かりな……」
「大丈夫よ。組み込まれている式だけ書き換えればいい。ちょうどいいし、全部まとめて新しくしましょう」
「やれるのか?」
レオル君の問いかけに、私は自信たっぷりな表情で応える。
「もちろん。自慢じゃないけど、セイレストの魔導具環境を一新したのは、私だったりするのよ」
セイレストの発魔所は、私が考案した新しい魔法式で動いている。
より効率的な魔力吸収と、生成した魔力を増幅する式も織り込んで、より発展的なデザインに仕上げた。
そのおかげで、セイレストは生活に使う魔力以外に、様々な分野で使える魔力量が増加した。
研究、軍事利用、貯蓄。
エネルギーが増えることで、生活だけでなく国のあらゆる分野が潤った。
そして今も、彼らは私が頑張って作り上げたシステムに頼っている。
「私が作ったんだし、どこでどう使っても私の自由よね」
そう自分に言い聞かせるように、私は古い魔導設備と向き合う。
「二日貰える?」
「二日でいいのか? もっとゆっくりでもいいんだぞ?」
「十分よ。これくらい……向こうでの嫌な仕事に比べたらへっちゃらだわ」
嫌がらせばかりされ続けて、仕事中も気が抜けなかった。
楽しかった思い出は一つもない。
だからこそ、今からすることに躊躇いはなく、やりがいすら感じている。
「私に任せて。必ず、あいつらから奪ってみせる」
「ははっ、頼もしいな。無理はするなよ。俺にも手伝えることがあったら何でも言ってくれ」
「ええ、ありがとう」
その言葉だけで十分だ。
セイレストの宮廷じゃ、一度もかけてもらえなかった言葉だから。
たった一言でも、レオル君に言って貰えば元気が出る。
「さぁ、大仕事ね」
こうしてレイニグラン王国での生活が始まった。
レオル君の計らいで、私は王城の一室を生活スペースとして使うことになった。
役職は同じく、宮廷魔法使い。
王城の方々に簡単な紹介だけしてもらって、私は本格的に作業へ入る。
発魔所に入ると、警備の若い騎士が挨拶をしてくれる。
「お疲れ様です! アリスティア様!」
「こんにちは。今から作業に入ります」
「はい! お気をつけて!」
王城や宮廷で働く人間には、すでに私のことは認知されていた。
レオル君が予め、私が到着する前から話は通してくれていたらしい。
国がこんな状況になっても残っている人たちだ。
相当なお人よしばかりだろう。
素性も確かじゃない私のことを、すんなり受け入れてくれた。
「お人好しばっかりだから、いろいろ持っていかれちゃったのかもしれないわね」
なんて皮肉をぼそりと口にしながら、私は作業を始める。
まずは魔導具に刻まれている式を一度削除する。
一気にやると街の人たちの生活がストップするから、少しずつ分けて作業していく。
書き換えるのは私がセイレスト王国で使っていた式。
でも、少しだけアレンジしてある。
「ふふっ、今から楽しみね」
セイレストの人間が驚く姿が直接見られないのは残念だけど。
せいぜい困ればいいわ。
自分でも悪い顔をしているのがわかる。
だけど自業自得なんだ。
身を粉にして働いていた私を、私利私欲で利用して追い出したんだから……。
ちゃんと報いを受けてもらおう。
そして、あっという間に二日は経過した。
◇◇◇
私はレオル君を発魔所に招待した。
足を運んでくれた彼に向けて、堂々と宣言する。
「見ての通り、完成したわ」
「おお……とはいっても、素人目にはあまり変化がわからないな」
「そうね。見た目は変わっていないわ」
古い外観はそのまま使い、中身だけが一新されている。
具体的に何が変わったかは、見てもらったほうが早いと思った。
「こっちを見てほしいの」
「ここは……魔晶石を入れる部分か?」
「ええ、さすがに知っているわね」
「何度も見てるからな」
「じゃあ気づかない? 大きな変化があるわ」
私はあえて自分の口からは言わない。
驚いてもらいたいから、彼に気付いてほしい。
レオル君はじっと覗き込む。
大きな穴が空いていて、そこから魔晶石を放り込んで魔力を吸収する。
本来ならば。
「中身が空っぽだ。でも――」
「動いている……でしょ?」
気づいてくれたらしい。
燃料となる魔晶石が一つも入っていないのに、今も問題なく魔力を生成し、王都の各地へ送信している。
レオル君は目を丸くして驚いていた。
「一体どうなって……魔晶石もないのに、どこから魔力を?」
「答えは簡単よ。私が元々働いていた国から、貰ってきているの」
「セイレストから? どうやって?」
「ちょっと難しいのだけど、そうね。簡単に説明すると、向こうの発魔所も私が考案した魔法式を採用しているの」
説明を続ける。
私が考案した魔法式には全て、私しか知らない特別な使い方がある。
対となる魔法式を用意することで、遠隔操作が可能になり、魔法式同士に見えない連絡経路を繋ぐことができる。
より簡単に表すなら、遠く離れていても相手の声が送受信できる通信魔導具と同じ。
離れていても、セイレスト王国で作られた魔力を、この地へ移動させることができる。
「そんなことが……ここまでかなりの距離が離れているんだぞ?」
「中継地点を設けているわ。さすがに一発でこっちに届けるのは無理だったから」
二つの国の間に三か所、魔力を受け取るための中継地点がある。
わからないように自然の中に隠し、誰にも場所は教えていない。
「いつの間に……」
「三年も時間があったわ。それに……あの人たちは私が何をしていても、大して興味を示さなかった。お陰で動きやすかったわ」
最後まで誰も気づくことはなかった。
みんな嬉しそうに、私が作り出した都合のいい式を活用している。
今となっては滑稽ね。
私のことを散々利用してくれたんだから、今度はこっちが利用させてもらうわ。
「これで魔晶石がなくても、今の王都で必要な魔力量は補えるわ」
「思った以上に……凄いな。こんな方法であっさりと解決するなんて」
レオル君は驚きながら魔導装置を眺める。
私はニヤリと笑みを浮かべる。
「まだよ。これだけじゃ終わらないわ」
「どういう意味だ?」
「他にもあるってことよ。私が残してきた財産は」
さて、彼女は気づくかしら?