8.三年間の成果
話し終えた私は、一人先に部屋を出る。
レオル君が医者を呼び出し、陛下の容態を確認してもらっている。
その間はじっと外で待機していた。
ガチャリと扉が開き、医者とレオル君が顔を見せる。
医者はレオル君にお辞儀をすると、一人で廊下を歩き去って行った。
「国王陛下は?」
「大丈夫だ。見てもらったけど、今のところ変化はないらしい」
「そう」
私は去って行く医者の後姿を見つめる。
無精髭に鋭い目つきとしわだらけの顔、しゃがれた声。
ご年配の方かと思ったら、案外若そうな雰囲気を見せる。
どことなく、善良な医者には見えなかった。
「カリブ先生のことなら心配するな。見た目は怖いけど頼りになる先生だ。この国がこんなことになる前から宮廷で働いていて、今でも残ってくれている人だぞ」
「……そう。相当な物好きなのね」
「かもな。だから大丈夫だ」
「……だといいわ」
なんとなく引っかかったけど、レオル君が信用しているなら心配は野暮だと思った。
私たちはレオル君の執務室へと場所を移す。
情報交換に、陛下との顔合わせも終わった。
レオル君が言う。
「本格的に動き出すぞ」
「ええ」
ここから奪われた物たちを取り戻す。
そのための準備は入念に積んできた。
悟られないように、失敗しないように。
ようやく行動に移せる。
そう思うと、不謹慎だけど少しだけワクワクしてしまう。
「さっきも説明したが、今この国でもっとも危機的状況にあるのは、魔力エネルギーの不足だ。現代において欠かせない生活魔導具に使う魔力が圧倒的に足りない」
深刻な表情で話すレオル君に、私は頷いて理解を示す。
生活魔導具とはその名の通り、日常生活に用いられる魔導具のこと。
大昔の魔導具は兵器としての役割しかなかった。
そこから発展し、生活のあらゆる場面で活用され、現代では人々の生活に欠かせないものとなっている。
キッチンの炎、シャワーの水、部屋の灯り。
その全てが魔導具で形成され、それらを稼働する魔力は魔法使いではない一般人では補えない。
故に、大きな街では必ず一か所以上、魔力を生成、送信するための特別な施設が設けられている。
「この国にも『発魔所』はあるんでしょ?」
「ある。だが魔力を作る資源がない。魔晶石の採掘場所は、ごそっとセイレスト王国に取られてしまったからな」
魔力は本来、どこにでも存在するエネルギーだ。
私たち人間の体内で生成されるように、植物や動物、一部の鉱物からも生成され自然に流れ出る。
大自然の中でも魔力濃度が濃い場所では、魔力が結晶化する。
それこそが魔晶石という魔力を宿した結晶だ。
この結晶が魔導具のエネルギー源、コアと呼ばれる部品になる。
魔晶石から蓄積された魔力を吸い出し、魔導具のエネルギーにしている。
街に使われている魔導具は発魔所に接続され、魔力エネルギーは特殊な配線を通って供給されている。
要するに、エネルギー源のコアと効果を発揮する器が別々に存在しているタイプだ。
「魔晶石の採掘場所はもう完全に残っていないの?」
「発見されていた場所は全て持っていかれた。今は新しい採掘場所がないか探索してもらっている。が、残念ながらまだ見つかっていない」
「そう。なら手っ取り早くエネルギーを貰ってくるしかないわね」
魔晶石が生成される条件はそれなりにシビアだ。
王国の長い歴史の中で見つからないものを、今になって発見できるかは怪しい。
新しい採掘場所には期待できない。
「簡単に言ってくれるが、可能なのか?」
「ふふっ、そのために準備をしてきたのよ。念入りに……ね?」
私は自分でわかるくらい、表情がにやけた。
そんな私を見てレオル君が言う。
「悪い顔をしてるな」
「実際悪いことをするのよ。ダメだと思うなら止めてもいいわ」
「いいや止めないよ。どんな方法でも、この国の人たちを救えるのなら頼む」
覚悟はできている。
そういう表情をレオル君は見せてくれた。
今さら聞くことでもなかった。
私をスパイに勧誘してくれた日から、彼は覚悟を決めていたはずだ。
この国のため、なんでもすると。
私も、その覚悟について行くことを決めた身だ。
躊躇いはしない。
「さっそく始めるわ。この国の発魔所の場所は教えてもらえる?」
「俺が案内しよう。どうやってこの危機を乗り越えるのか……俺も見てみたい」
「ぜひ見てほしいわ。レオル君に、私の三年間の努力を」