7.奇跡の時間
レオル君と情報交換を終えた私たちは、部屋を出て王城の廊下を歩く。
広さや作りはセイレスト王国と似ている。
だけど決定的に違うのは……。
「静かだわ」
王城にほとんど人の気配がない。
使用人や従者たち、護衛の騎士の姿が極端に少ない。
これならミレーヌ家で働いている人間のほうが多いのではないかと疑ってしまう。
「王城の人間も半数が辞めてしまったからな。こんな状況でも残ってくれている者たちには感謝しかない」
「出て行った人たちには?」
「……仕方がないと思っているよ」
少し意地悪な質問だったと自覚している。
優しい彼が、国を出て行った人たちを悪く言うはずがないのに。
ただ、まったく何も感じていないわけじゃなさそうだ。
僅かに戸惑いと憤りを感じた。
そのことに、少しだけホッとしている自分がいる。
「着いたぞ。ここだ」
レオル君が立ち止まる。
目の前には仰々しく豪華な扉があった。
明らかの他の部屋と違う。
「この部屋にいらっしゃるのね」
「ああ、わかっていると思うが、会話は期待しないでくれ」
「ええ」
最初にノックをする。
レオル君が呼びかけて、中から返事は聞こえない。
数秒待って、レオル君がゆっくりと扉を開ける。
そこは寝室だった。
医療関係の魔導具がずらっと並び、大きな屋根付きのベッドが一つある。
布団をかぶり、眠っている一人の男性がいた。
顔はしわくちゃで、見るからにやせ細っている。
「この方が……」
「会うのは初めてだったな? 紹介するよ。俺の父だ」
現国王レグザ・レイニグラン。
今年で六十を超え、七十歳が近くなったご高齢の素顔。
とても生きているとは思えない。
呼吸は静かで、今にも止まってしまいそうなほど心臓の鼓動は弱々しい。
生きているはずなのに、ここまで生気を感じない相手を見たのは初めてだった。
驚きと同時に、悲しい気持ちになる。
言葉でしか聞いていなかった内容が、こうして現実のものとなって現れた。
もはや今年が最後という医者の言葉も、間違いではなさそうだと……素人目にも理解させられてしまう。
「最後に起きたのは三日前だ。五分ほど目を開けて、少しだけ話ができた」
そう、嬉しそうに語るレオル君を見て、余計に悲しくなる。
たった数分の会話を喜べる。
別れの瞬間が、刻一刻と迫っている証拠だ。
「ありがと。国王陛下に会わせてくれて」
「いいんだ。俺も君のことを紹介したいと思っていたんだ。ずっと話してはいたんだけど、ようやく夢が叶ったよ」
「こんなの、夢でもなんでもないわ」
こうして顔を合わせる機会を私も待ち望んでいた。
願わくば一言くらい交わしたかったけど、それすらも高望みだと理解している。
あまり眠りの邪魔をしてはいけないと、私たちは早々へ部屋を出ようとした。
その時、奇跡が起こる。
「――レオル、か……」
「――!」
扉のほうへ歩き出そうとしたタイミングに、背後から声が聞こえた。
小さくかすれた声で、レオル君の名を呼んだ。
慌てて私たちは振り返る。
弱々しくベッドで眠るその瞳が、ゆっくりと開いた。
「父上! お目覚めになられたのですね」
「……ああ、レオルか」
「はい! 父上」
「……君は……」
虚ろな表情で、首を動かし陛下が私と目を合わせる。
なんて弱々しい瞳だ。
王国を代表する人の姿とは思えない。
私は緊張よりも同情が強くなって、自分で上手い表情が作れない。
「彼女がアリス、アリスティアです」
「ああ……そうか。君がレオルと仲良くしてくれていた子……なんだね」
「――はい。レグザ陛下、お会いできて光栄です」
「私の、ほうこそ……会えて嬉しい」
そう言いながら、陛下はニコリと微笑んでくれた。
優しすぎる笑顔に心がぎゅっと締め付けられる。
「ずっと……会ってみたかった……レオルが、君の話を……よくしてくれていたから……遠い地で、友人になってくれて……ありがとう」
「そんな、感謝しているのは私のほうです。殿下と出会えて私は幸運でした」
「そう言ってくれるか……ああ、よかった。聞いていた通り、まっすぐでいい子じゃないか」
「――」
生まれて初めて言われた。
ただの言葉でしかないのに、どうしてこんなにも心を揺さぶるのだろう。
嬉しかった。
レオル君みたいに、私のことを認めてもらえた気がして。
「私のセイレストでの活動、陛下が許可してくださったと聞いております。殿下のお誘いと、陛下のお言葉があったからこそ、私はこうして生きています。ですから必ず、この恩に報いる働きをしてみせます」
「……そう、頑張りすぎなくてもいい。君も、レオルも、まだ若い……この国に、縛られる必要は……ないんだよ」
「いいえ、陛下。私はこの国を取り戻します。それが……レオル殿下の願いですから」
私はレオル君に視線を向ける。
同意を求める様に。
「そうです、父上。俺たちの願いは一緒です。だからこの地に彼女は来てくれた。俺の無茶な誘いにも応じてくれた。今一度誓います。父上が守ろうとしたこの国を、俺たちが取り戻してみせると。だからそれまで……」
「待っていてください。陛下に、賑やかなこの国をお見せします」
「――ああ、そうか」
私たちの決意を聞き、陛下は再び眠りにつく。
どこか安らかで、満足しているように見えたのは、きっと気のせいじゃない。
眠る直前、かすかな声で聞こえたのは……。
期待しているよ。
紛れもなく、私たちへ向けられた言葉だった。
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