6.この涙を最後に
ここから新ストーリーです!
レイニグラン王国の現状は芳しくない。
人口はかつての十分の一以下まで減少し、現在も減り続けている。
国土の九割を他国の侵略によって奪われたこと、その領土の中に国にとって最大の資源であった魔晶石の鉱山があったことが理由として大きい。
魔晶石は、魔導具を稼働させるための燃料になる。
生活のあらゆる場面で魔導具が活躍する現代において、魔導資源はもっとも重要なものと言える。
かつてレイニグラン王国が大国に名を連ねていたのは、この資源を多く保有していたからだ。
しかし、戦争に負けたことで強みを失い、人々は王国を見限った。
それでも責めることはできない。
彼らも生きるために必死だったのだから。
「――今も尚、それは続いている」
「ええ」
私とレオル君は二人きりで、今後すべきことについて話し合いをしていた。
その前の現状の確認だ。
私も数年かけてセイレスト王国で暮らしてきたから、レオル君がいるレイニグラン王国について詳しいわけじゃない。
これから一生かけて暮らす場所のことを、今のうちに知っておきたかった。
「聞きたいことがあったら何でも聞いてくれ。君には絶対に嘘をつかない」
「知っているわ」
これまで一度も、私には嘘をついていない。
だから私は信じてみようと思えた。
レオル君なら、私が願う理想に手を伸ばしてくれる気がして。
「じゃあ先に、聞きづらいことから聞いてもいいかしら?」
「ああ、もちろん」
この時点で彼も、何を聞かれるのか悟ったのだろう。
眉を顰め、少し元気がなくなる。
それを理解した上で、私は躊躇なく尋ねる。
「国王陛下の容体について教えてくれないかしら?」
「……聞かれると思った」
「ずっと気になっていたのよ。倒れたと聞いた日から」
「なら、随分待たせたな」
彼の父であり、現レイニグラン王国の国王、レグザ・レイニグラン。
齢五十を過ぎた頃、体調を崩すことが増えたという。
ちょうどレオル君を連れて、私の生まれ故郷であるセイレスト王国に滞在していた頃からだったらしい。
「不治の病……なのでしょう?」
「ああ。医者にも見てもらったが、手の施しようがないらしい。今も衰弱し続けている」
始めは風邪のような症状からだった。
次第に熱を出す頻度が増えて、身体が思うように動かなくなる。
そうして筋肉が急激に衰え、細々とした体に変貌した頃、立つことすらできなくなっていた。
レオル君の話では、この一年はベッドの上で過ごされているらしい。
「最近では一日中眠っていることも増えた。医者の話によると……次の年は越せないだろうと……」
「……そう」
予想はしていたけど、思った以上に空気が重たくなる。
レオル君の母親は、彼が生まれてすぐに病気で亡くなっているそうだ。
彼は父親に、大切に育てられた。
国が大変な時期に生まれた子供だったにも関わらず、愛情いっぱいに育ててもらったと、よくレオル君が私に話してくれた。
レオル君は父親を心から慕っている。
そんな関係を、私はひそかに羨ましいと思っていた。
「俺が小さい頃からずっと無理をしていた。失った領土を取り戻すため、何度もセイレスト王国を訪問して、その度に厳しい言葉を貰っていたよ」
「返す気なんてなかったでしょうね」
「ああ、こちらに持ち掛けられたのは同盟の話だった。けど内容は、どう見てもセイレスト王国の下につけというものだった。だから父上も首を横に振ったんだ」
「賢明だわ。もし受け入れていたら、この場所すらなくなっていたでしょうから」
セイレスト王国は他国を使い、当時肩を並べる大国だったレイニグラン王国を侵略した。
表向きには、八か国の侵略を受けたこの国を、セイレスト王国が救ったように見せかけるために。
これによりレイニグラン王国の国民の大半がセイレスト王国へ移住した。
彼らは気づいていない。
この戦争が全て仕組まれていたことに。
民衆の心さえも、彼らは利用した。
最後に王国そのものを取り込んで、全てを掌握する気でいたに違いない。
「この国を終らせるわけにはいかないと、父上は断固として同盟を受け入れなかった。その後も戦いは続いたよ。水面下で、父上は戦い続けていた……」
その無理が余計に症状を悪化させたのだろう、とレオル君は悲しそうな表情で説明する。
陛下が患った難病は、動けば動くほど筋肉が破壊されてしまう。
私たちは食事をして、鍛え休憩することで回復するけど、陛下の難病はそのサイクルを破綻させる。
食事によって得られた栄養は筋肉へ届かない。
回復する材料がなければ、筋肉は傷つき続けるのみ。
それ故に、無理をすればするほど、身体は動かなくなってしまう。
「父上は動けなくなる直前まで抗い続けていた。セイレスト王国にも、自分の病気にも……俺は……見ていることしかできなかった」
「そんなことないわ。レオル君が頑張っていたこと、私は知っているもの」
「アリス……」
国王陛下が満足に動けなくなる前から、彼は王子としてやるべき責務を果たしていた。
国の財政を立て直すために走り回り、遠い国々にまで赴き支援を頼んだり、新たな地で資源発掘にも取り組んでいた。
その全てが上手くいったわけじゃない。
むしろ、失敗のほうが多いと彼の口から聞いている。
それでも、彼が必死に走り回ったおかげで、この国に残ってくれた国民も少なくない。
私だって同じだ。
レオル君がそうまでして守りたいと努力しているから、この国で一緒に戦いたいと思えた。
「今日からは私もいる。一緒に、陛下に見せてあげましょう。この国が元通りになる様子を」
「――ああ」
さっきは私が涙を流し、今度はレオル君の瞳から涙が零れる。
お互い、泣くのはこれで最後にしたい。
次があるとしたら、全てを成し遂げた時の……嬉しい涙であってほしい。