5.奪う者たちへ
「セイレスト王国に奪われた資源も、人も、これから取り戻して見せるわ」
「ああ、そのために俺も準備を進めてきた。必ず取り戻してみせる。君にもまだまだ手伝ってもらわないといけないが……」
「もちろん協力するわ。そのために戻って来たんだから」
「ありがとう。アリス……」
感謝の言葉を口にしたレオル君は、いつになく優しい表情を見せる。
じっと私の瞳を見つめ、柔らかく溶けそうな声で言う。
「今日まで本当に、よく頑張ってくれたね。君がいてくれてよかったよ」
「――!」
ずるい、と思った。
労いの言葉をかけてくれる人は、あの国には一人もいなかった。
私がどれだけ頑張っても、褒めてもらえない、認めてもらえない。
認めてほしかった人には、見向きもされていなかった。
そんな私に、心からの感謝をくれる。
私がいてくれてよかったと、まっすぐに目を見つめながら言ってくれる。
「ここはもう俺の国だ。この部屋にも俺たちしかいない。だからもう、その涙を我慢しなくていいんだぞ?」
「……」
「腹が立ったら怒ればいいし、悲しい時は泣けばいいんだ。俺は情けないなんて思わない。俺の前でくらい弱さを見せてくれ」
「……っ、うぅ……」
ここまで言われて、涙を堪えるなんて無理だ。
私の瞳から大粒の涙が零れ落ちる。
「私……頑張ったのに……」
「ああ、よく知ってる」
子供みたいに涙を流す私を、レオル君がそっと抱き寄せてくれた。
彼の胸の中は温かく、落ち着く。
ずっと我慢してきた。
スパイになると決めた日、それよりずっと前からだ。
辛くても、苦しくても、涙は出さない。
もっと努力すれば認めてくれる。
甘い考えだとわかってからも、私は耐え続けていた。
意味のない努力にも、心無い言葉にも。
ようやく解放された。
そして、私はいろんなものを失った。
だからこそ、この手に残ったものを失わないために……。
「私……もっと頑張るから」
「俺も一緒に戦う。見せてやろう、あいつらに。君を切り捨てたことが間違いだったと教えてやるんだ」
「――ええ、必ず」
ここから始まる。
私の、私たちの物語は。
裏切られっぱなしの人生に、大きな裏切りの花火を咲かせてみせましょう。
◇◇◇
アリスティアを追放したことにより、後任として妹であるシスティーナ・ミレーヌが着任した。
彼女は姉が宮廷入りを果たした直後から、当主の命令で魔法の修練を積んでいる。
そしてたった二年足らずで基礎的な技術を身に着け、魔法使いとして平均的な実力を手に入れた。
彼女には魔法使いとしての才能があった。
それ故に、当主である父はアリスティアを追い出す計画を進めたのだ。
彼女に働かせ、様々な功績を生み出し、その全てをシスティーナに引き継がせる。
そうすれば功績だけが残り、不要な汚点は排除できる。
ミレーヌ家にとって、父親にとって、スパイとの間に生まれた子供など汚点以外の何者でもなかった。
いくらアリスティアが努力しようと、すでに父親の心に愛はない。
利用価値があったから、これまで追い出さずにいただけのことだった。
システィーナ自身も、姉のことを見下していた。
自分より劣っている存在が、姉としていることを快く思っていなかった。
宮廷入りしたことへの対抗意識もあっただろう。
無能な姉を利用し、追い出すことに何の躊躇もなかった。
婚約者であるルガルドも、ミレーヌ家の事情は知っている。
平民との子供と婚約するなど、彼にとってもメリットは少なかった。
が、ここでミレーヌ家当主の話を聞く。
いずれアリスティアは消え、システィーナが全てを手に入れる計画を。
だから彼も計画に賛同した。
平民の子供とは言え、アリスティアが王国にもたらした影響はそれなりに大きい。
ただ失うだけではもったいない。
ならば働かせるだけ働かせて、成果は最後に奪ってしまおう、と。
そして三年後の現在、ついに計画は実行された。
念願は叶い、システィーナは全てを手に入れ、そのシスティーナとルガルドは甘い時間を過ごす。
――はずだった。
「こ、こんな量を一人で……間違っていませんか?」
「いえ、これで全てです。前任者が担当していた業務がこちらになります」
さっそく問題が発生する。
姉に代わって請け負う仕事量が、システィーナの想像を超えていた。
「い、いきなりこの量は……」
「それは困ります。前任者の業務を完全に引き継ぐ。そういう契約で、特別に宮廷入りを許されたはずです。殿下もそのおつもりで、あなたを任命したと思いますが?」
「……」
宮廷魔法使いの室長の言葉に、彼女は言い返せない。
本来は既定の試験を受けることでのみ得られる宮廷付きの称号。
今回は特例により、前任者の不在を埋める形でシスティーナは着任した。
これを国王陛下、ルガルドも同意している。
つまり、彼女には与えられた仕事をこなす責任がある。
この……通常の五倍はある仕事量を。
「そんな……」
これもアリスティアの計画のうちだった。
システィーナの自由を奪うほどの仕事を残して去ることも。
全ては計画され、計算されていた。
だが、まだ序の口。
本番はここから。
彼女たちは知らない。
本当に裏切られていたのはどちらなのか。