Ⅴ
この瞬間をずっと待っていた。
怯える彼に歩み寄る。
彼は下がろうとするけど、後ろはもう壁だ。
「な、何をする気だ……」
「あなたは私に危害を加えようとしました。だからお仕置きします」
「ふざけるな! こんなことをしてただで済むと思っているのか! 僕は王子だぞ!」
「だから?」
激昂する彼に、私は静かに首を傾げる。
王子だから何?
ただじゃ済まないのは自分のほうだと、まだ理解できていない。
人間は追い込まれるほどその人の素が出るものだ。
つまり、この愚かさこそがルガルド殿下の本質だったということか。
「そんなあなたにピッタリなお仕置きを用意いしてあげる」
「ぼ、僕を殺す気か」
「私はしないわ。ただ、周りがどうするか決めるでしょうね」
「ま、周りだと?」
私は笑みを浮かべる。
一つだけ、呪いに関して嘘をついた。
発動すれば死ぬ呪いだと。
そうじゃない。
私が仕掛けた呪いは、愚かな彼に最大の罰を与えるものだ。
今ここで、その効果を発揮する。
「ぐ……こ、れは……」
「呪いを発動させました」
彼は苦しみだす。
胸を押さえて痛そうだ。
けれど死んだりはしない。
胸の痛みも苦しみも、すぐに治まる。
「な、なんともない? ふはははっ! 不発だったみたいだな!」
「――いいえ、ちゃんと発動しましたよ?」
「どこがだ? 僕はこうして生きて」
「私が殺したのはあなたじゃなくて、あなたの未来ですから」
私はニコリと微笑む。
そろそろやってくる。
ドタバタと、荒々しい足音が近づき、豪快に部屋の扉を開けた。
「ルガルドはいるか!」
「父上!」
現れたのは国王陛下と数名の騎士たちだった。
酷く怒っている。
息子が危険にさらされているからか?
ルガルド殿下はそう思い、勝ち誇ったような表情で私を見る。
「これで君は世界の敵だ」
「――ふふっ、それはあなたですよ」
「なにを――」
「ルガルドを拘束しろ!」
「なっ、父上!?」
騎士たちがルガルド殿下を組み伏せ拘束する。
咄嗟のことで殿下も困惑する。
何が起こっているのかわからない。
組み伏せられた殿下を見下ろしながら、国王陛下は怒りを露にする。
「失望したぞルガルド……まさかお前が、この国を乗っ取ろうとしていたとはな!」
「なっ、何を言っているのですか!」
「惚けるな! お前の甘言で八か国をたぶらかしたのだろう? 全てわかっているのだ!」
「――ふふっ」
私が仕掛けた呪いは、彼に対して発動したわけじゃない。
この結界にいる人々に効果は発揮される。
発動したのは、特大の幻術。
偽りの記憶を植え付ける。
全てを企み実行したのは、ルガルド殿下であると。
「違います父上! 僕ははめられたんです! そこの魔女に!」
「何を言っている? 誰もいない場所を指さして!」
「――!」
そう、見えているのは殿下だけだ。
私の笑みも、企みも、声も届いてはいない。
傀儡は、殿下だけじゃなかった。
この国全てが、私の操り人形となる。
「さようなら、殿下。いいえ……可哀想な罪人さん」
「くそがああああああああああああああああああああああ」
三年以上かけた復讐劇。
私と、レオル君と、レイニグラン王国の皆が望んだ光景。
下品で哀れな叫び声を聞きながら。
これにて閉幕。
そして――
◇◇◇
全てが終わった。
何もかもを取り戻し、世界は安定する。
私は一人、王城のベランダから外を見ていた。
そこへ彼がやってくる。
「何を見ているんだ?」
「空と街……かしら」
「何を思っていたんだ?」
「平和になったわね。それだけよ」
「そうか」
彼は笑う。
風が吹き、互いの髪がなびく。
「順調かしら?」
「おかげさまで。そっちも忙しいだろ?」
「そうね。たくさん戻ってきちゃったみたいだし、宮廷魔法使いとしてやることが山積みよ」
三か月が経過していた。
八か国から資源採掘場は返還され、各国の首脳と会談した結果、共同で使っていくことで決まった。
どこかの国と違って、私たちは他国とも友好な関係を築きたい。
それはレオル君と、国王陛下の願いだ。
「この調子なら、父上にもいい景色が見せられそうだな」
「もう十分いい景色だと思うわよ?」
「まだまだ。やっとスタートラインに立ったばかりだよ」
「頑張るわね。レオル君……ううん、もう国王陛下と呼んだ方がいいかしら?」
「やめてくれ、むず痒い。今まで通りで構わないよ」
ちょうど二か月前だ。
彼は正式にレイニグランの国王に就任している。
病弱な自分では国をまとめられないと、前国王自らがレオル君に託した。
今はレオル殿下ではなく、国王陛下という立場となったわけど……。
「そういえばさっき、シクロ殿下が来ていたな」
「ええ、また求婚されたわ」
「やっぱりか」
「困ったものね」
あの一件から落ち着いて、シクロ殿下が私を婚約者に指名するという大きな出来事があった。
いつの間にか彼に気に入られてしまったらしい。
今のところ私は断っているのだけど……。
「諦めてくれないわね」
「相当惚れこんでいるみたいだったからな、君に」
「どこがいいのかしら」
「自覚なしか。君らしい」
彼は隣で呆れたように笑う。
そのまま呼吸を整えて、私のほうに身体を向ける。
「俺も困らせていいか?」
「え?」
いつになく真剣に私を見つめる。
自然と私も、彼のほうへと身体を向ける。
「俺も、君を婚約者にしたいと考えている」
「――レオル君、も?」
「ああ」
頷く彼に、私は尋ねる。
「どうして?」
「あのなぁ……」
大きくため息をついた彼は、呆れた笑顔で私に言う。
「これだけ長く一緒にいて、いろいろ乗り越えてきたんだ。好きにならない理由がどこにある?」
「――!」
この時初めて、彼からの好意を知った。
心からマヌケだと思う。
他人を疑ってばかりの私には、こんなに近くにいたのに、彼の好意に気づけなかった。
そして、自分の心にも。
「私みたいなスパイを近くに置いたら、心がすり減るわよ?」
「今さらだ。君が俺を裏切らないことくらい、ずっと前から知っているよ」
「……そうね」
私は誰も信じていない。
心から気を許せる相手なんていなかった。
ただ一人、彼を除いて。
そう決めた時点で、私の心は決まっていたのだろう。
きっと初めて出会った時からずっと……。
私の心に、彼は潜り込んでいたみたいだ。
【作者からのお願い】
新作投稿しました!
タイトルは――
『«引きこもり錬金術師は放っておいてほしい» 妹に婚約者を奪われ研究に専念できると思ったのに、今度はイケメン王子様に見つかって逃げ出せません……』
ページ下部にもリンクを用意してありますので、ぜひぜひ読んでみてください!
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