Ⅲ
準備は着々と進む。
悪だくみも並行して進んでいるみたいだけど関係ない。
「八か国の協力は得られたぞ」
「ええ、始められるわ」
私とレオル君は執務室で顔を合わせ、力強い目で地図を見る。
ほとんどが奪われ塗り替わってしまった地図だ。
今からこの地図を、本来あるべき姿へ……ううん、私たちの新しい地図へと変える。
「さぁ、心の準備はいい?」
「もちろんだ。今の俺には成功しか見えていない」
「奇遇ね。私もよ」
私たちは互いに笑みを浮かべて立ち上がる。
準備は整った。
必要な人材、場所、時間も揃っている。
執務室には遅れてアレクとエイミー、シクロ殿下も姿を見せる。
「始めましょう」
世界一大きな仕返しを。
◇◇◇
ある日の早朝、セイレスト王国の国王の元に緊急の連絡が届く。
慌てて謁見を申し出てきたのは騎士団の伝達係だった。
呼吸を乱し、無礼を承知で国王陛下が待つ執務室へと入ってきた騎士に、国王は眉を顰める。
「何事だ?」
「た、大変です……陛下! 反乱が起きました」
「反乱だと? どこの馬鹿だ?」
「それが……グレスバレー王国……」
騎士が口にしたのは八か国の内の一つ。
セイレスト王国と長年同盟という名の縛りを結んだ王国だった。
さすがの国王も驚きを隠せない。
「グレスバレーが裏切ったというのか? 馬鹿なことを考える。ルガルドの気まぐれで愛妾を返したことでつけ上がったか? すぐに鎮圧しろ」
「そ、それが……反乱を起こしたのはグレスバレーだけではございません」
「何? まだいるのか? どこの国だ? 一つでも二つでも、我々の前では無力だというのに」
国力とはそのまま国が持つ力。
セイレスト王国は全ての面で優れていた。
騎士団の規模、魔法使いの質、抱える国民の数まで。
世界最高の大国と呼ばれるまでに成長している。
そんな大国に喧嘩を売るなど、どれほど愚かな行為かは明らかだった。
それ故に国王は嘲笑う。
が、次の言葉を聞いても余裕が保てるだろうか?
「……全てです」
「なに?」
「八か国全てで、資源採掘場が占拠されてしまいました」
「なっ、馬鹿な! 全てだと? しかもよりによって……」
各国にある資源採掘場は、基本的にセイレスト王国が管理している。
国の基盤である魔導技術の発展に必要不可欠な資源を、同盟国に奪われないように。
同盟国は自国の中にある資源すら満足に使えない。
全てセイレストに牛耳られていた。
「警備の兵は何をやっている!」
「そ、それは……先の襲撃があったことで人員を大幅に削減しており」
「っ……」
資源採掘場の一つがドラゴンの襲撃を受けた。
その日以来、臆病な国王は遠方の国から順に兵力を回収し、自国の防衛力強化に努めた。
さらに王都が襲撃されたことで、ドラゴンの脅威が完全になくなるまで、自国優先の警戒態勢を敷いている。
その間の各国の警備は、各々の国で対処するよう命令されていた。
同盟とは名ばかりで、セイレストをトップとする傘下の国々は、かの大国の指示を無視することができない。
セイレスト王国から派遣された兵力は最小限に留まっていた。
この体制は未だに変わっていない。
故に、占拠など容易かった。
「タイミングの悪い……」
八か国全てが敵になった現状、取り戻すためには時間が必要だった。
さすがのセイレスト王国も、八か国同時に兵を送ることはできない。
兵力の分散は勝率を下げる。
より確実な方法は、地理的に近い国から一つずつ着実に潰すこと。
国王は騎士に命令する。
「今すぐ大部隊を結成し、一か所ずつ対処していく。まず最も近い――」
「お待ちください父上!」
そこへ颯爽と現れたのはルガルド王子だった。
ノックもなしに入ってきた彼だが、状況故に咎められることはない。
彼は素早い歩きで国王に近づく。
「ルガルド」
「よくお考えください父上。この状況……八か国全てが突然同時に裏切るなど不自然です」
「確かにそうだが……手引きした者がいるというのか?」
「私はそう考えております。そしてこの状況、もっとも怪しむべきはかつての敵国」
「――レイニグラン王国か」
ルガルド王子はニヤリと笑みを浮かべる。
彼は小さく頷いた。
呪いの発動条件に、レイニグラン王国の名は含まれていない。
「直ちに遠征部隊を結成せよ! 向かう先はレイニグラン王国だ!」
「はっ!」
「ありがとうございます。父上」
ルガルド王子は頭を下げる。
誰にも見えないように顔を伏せ、ニヤリと笑みを浮かべた。
手を下すのは自分ではなく国王だ。
戦うのも自分ではなく、王国を守護する騎士や魔法使いたち。
自らの手は汚さない。
決して彼女の前には立たない。
加えてレイニグラン王国には、長くスパイとして潜入している者がいる。
かの者を利用すれば、いかにアリスティアと言えど一たまりもない。
内と外、両方からの圧力に潰されるだろう。
「さようならだな。アリスティア」
彼は誰にも聞こえない声で呟く。
しかしその声をたった一人、聞いている者がいた。
「……お姉様、セイレストの軍が動きます」
「――ありがとう。あなたは待機していなさい」
「はい」
宮廷魔法使いシスティーナ。
彼女はすでに、姉であるアリスティアの手足となっている。
ルガルド王子の頭には、アリスティアへの報復しかない。
それ故に抜け落ちている。
裏切り者が他にもいることを。
彼女がこの地にいない時でさえ、全ての行動は筒抜けだというのに。
愚かな王子は気づかない。
最後まで。
道化のように踊りくるう。
こうしてルガルド王子の進言の下、結成された大部隊が進攻を開始する。
目指すはレイニグラン王国。
ルガルド王子にはその呪いにより、彼女の存在を伝えることができない。
ドラゴンを撃退した新人魔法使いが敵であることも知らせていない。
兵力の差は歴然だと誰もが思い込む。
ルガルドは彼らの心理も上手く利用していた。
知らないほうが士気が上がることもあるのだ。
さらにもう一つ、先手を打つ。
彼は特殊な魔導具を使い、遠方の相手に連絡をしていた。
「聞こえるか? カリブ」
「――はい。何でしょうか? 殿下」
「予定を早める。国王と王子、可能なら宮廷魔法使いを抹殺しろ。これから大きな戦闘が起こる。その混乱に乗じてやるんだ」
「かしこまりました」
レイニグラン王国には医者としてカリブが紛れこんでいる。
未だ気づいていないということは、彼の偽装にアリスティアも気づけていないということ。
上手く立ち回ればカリブが彼女を殺す。
その時点で彼の安全は確かなものとなるだろう。
「くくっ、これで僕も――」
「残念ね、ルガルド殿下」
「なっ……」
「絶望をプレゼントしに来たわよ」
 






