Ⅰ
セイレスト王国と同盟を結んでいる八か国のうち半数以上。
リッツバーグ、グレスバレー、ノースアイランド、ベリッカ、バーグルの五か国はすでにレイニグラン王国と水面下で協定を結んでいる。
残る三か国、イストニア、パーテイン、ラオイツ王国は現在交渉中。
協力者となったシクロ殿下曰く、五日以内には結果が出るらしい。
他国との交渉は自由に動くことができる彼の役目だ。
すでに過半数を味方につけている今、私たちの計画はいよいよ最終段階へ移行しても問題ないラインを超えた。
「私のほうでも最後の一手を詰めるわ」
「油断するなよ。相手は一応……王子だからな」
「わかっているわ。けど、大丈夫。もうあの男は私に逆らえないから」
「……」
不安そうな顔をするレオル君に、私は微笑みながら応える。
「もうすぐ終わるわ。何もかも」
「……ああ」
私たちの悲願。
セイレスト王国に奪われたものを取り戻す。
数年にわたり耐え凌ぎ、ようやく手が届くところまでたどり着いた。
これから私がするのは、この作戦をより確実にするための保険であり、最後の調整だ。
シクロ殿下が三か国を味方につけるまでの間に、やれることは済ませておこう。
私はいつも通り姿を偽り、転移の魔法で戻る。
向かった先はもちろん、敵地セイレスト王国の宮廷だ。
「ふぅ……」
ここに来ると思い出す。
辛かった日々を。
敵地だから当然だけど、この場所に立つだけで身が引き締まる。
私は廊下を歩きだす。
変装した私は宮廷に潜り込み、相応の地位と信頼を獲得した。
今この場所で、私をスパイだと疑う者は少ない。
真実を知る者は限られている。
その限られた人物の一人が、向こう側から歩いてきた。
彼女は私の存在に気付くとビクッと身体を震わせ、少しだけ歩くペースを落とす。
私は意に介さずまっすぐと歩く。
そして……。
何事もなく、すれ違った。
システィーナは私の正体を知っている。
そして気付かされた。
信じていた王子のどす黒い腹の内を……自分がどうして恵まれていたのかも。
いずれたどり着く最低な未来を。
だからこそ、彼女は私に協力する道を選んだ。
彼女に命令したことは二つ。
私たちが何をしようと傍観すること。
もしこの国で、怪しい動きがあればすぐに報告すること。
要するに邪魔をするなと伝えてある。
私たちの計画に、彼女の存在は不必要だった。
「……ふっ、私も甘いわね」
これは最大限の配慮だ。
あと数日後に、この国は大変な目に合う。
何が起ころうと傍観者に徹し、当事者にはならない。
そうすれば傷つくことはなくなる。
我ながら優しい提案をしたものだと笑ってしまう。
システィーナのことは好きにはなれない。
けれど、殺したいほど憎んでいるわけでもない。
彼女をあんな風にしたのは周囲の環境だ。
もっとも、これから会いに行く男に慈悲はない。
トントントン、とノックする。
その後に私は名を名乗り、入室の許可を得る。
声が聞こえた数秒の沈黙が、中で彼がどんな表情をしているかを物語る。
私はニヤリと笑みを浮かべ、部屋へと入った。
「失礼いたします。ルガルド殿下」
「……ああ」
「――ふふっ、わかりやすい顔をしていますね」
「……何の用だ?」
ルガルド殿下は苦虫を噛んだような表情で私に尋ねてきた。
その嫌そうな表情を見られただけで私は心がスッとする。
私は周囲に人や魔法の気配がないことを確認して、早く出て行けと言いたげな殿下に言う。
「あなたにお願いをしに来ました」
「お願い……? 命令の間違いじゃないのか?」
「そうですね。あなたにとっては命令でしょうか」
「この……」
彼の身体は私が作り出した呪いにむしばまれている。
発動条件は二つ。
呪いのことを他言するか、私の正体をばらせば完全に発動し、彼は死ぬ。
もちろん、私の意思で今すぐ発動することだって可能だ。
だから彼は逆らえない。
私がどんな理不尽なお願いをしようと、断ることができない。
「これから数日後、この国から全てを奪い返す作戦が実行されます。何が起こっても、あなたは何もしないでください」
「なんだと……」
「動かずじっくり、ただ見ていてください」
「ふ、ふざけているのか? この僕に、我々が築きあげたものを奪われる様を眺めていろと?」
「元よりあなたのものじゃありませんよ?」
資源も、土地も、この国で使われる魔法技術でさえ、彼ら王族が生み出したものではない。
レイニグラン王国から卑劣な方法で奪い、魔法技術に関してはほぼすべて私が確立させたものだ。
自国で生み出したものなど何一つない。
偽りの繁栄と、嘘ばかりの平和。
その全てを破壊する。
「わかっているはずですよ? 今のあなたに拒否権はない。もしも邪魔をすれば、この場でさよならです」
「くっ……わかった。僕自身は何もしない。それでいいんだな?」
「はい。それで構いません」
この時、ルガルド殿下の口角がわずかに吊り上がったのを私は見逃さなかった。
よからぬことを考えているのは明白。
しかしそれも計画の内だと、彼は気づけるのだろうか。
当日になってからのお楽しみにしよう。