4.計画通り
セイレスト王国は大陸きっての巨大国家である。
その周囲には隣接する同盟国家が八つ存在している。
二十年前に起こった戦争の果てに、セイレスト王国と同盟を結び、その庇護下に入った国々の中で、唯一同盟を結ばなかった国がある。
レイニグラン王国。
二十年前の戦争の最大の被害者であり、領土のほとんどを失ってしまった古き元大国。
周辺国家八つの同時侵略を受け、領土の大半を失い、国を支えていた鉱山資源をほぼ全て失ってしまった。
その八つの国々をセイレスト王国が沈静化し、同盟という形で納めたことで戦争は終わった。
レイニグラン王国は、セイレスト王国に救われた。
と、セイレスト王国で広まっている歴史ではそう語られている。
だけど、実際は違う。
レイニグラン王国を侵略した八つの国家は、最初からセイレスト王国の傀儡だった。
全ては仕組まれたことだった。
その事実にレイニグラン王国が気づいたのは、全てが奪われた後だったという。
そして――
今ではこの、王都だけが唯一残された。
国の規模に対して王都が広く綺麗なのは、元々大国だったが故。
しかし国民の大半はセイレスト王国や同盟八か国に逃げてしまい、王都と呼ぶには賑わいが足りない。
私は少し寂しい王都を抜けて、王城へと入る。
門を守る騎士にも止められない。
私が身に着けている魔導具の効果で、彼らは私に気づけない。
唯一気づけるのは、対となる魔導具の所持者のみ。
世界でその魔導具を持っているのは、一人だけだ。
「お帰りなさい、アリス」
廊下で声をかけられて、振り返る。
そこに彼はいた。
銀色の髪と青い瞳をきらめかせ、さわやかに優しい笑みを浮かべて。
「ただいま戻りました。レオル殿下」
声は通信魔導具で何度も聞いていた。
だけどこうして、直接顔を合わせて話すのは何年ぶりだろうか。
感動と同時に、様々な思いがこみ上げてくる。
「部屋へ行こう。ゆっくり話がしたい」
「はい。私もです」
◇◇◇
彼との出会いは偶然だった。
いいや、今は運命だとすら思っている。
私が十歳の頃、一人で王都の図書館に通い、魔法の勉強をしていた時、彼はやってきた。
「魔法の勉強してるのか?」
「え、あ、はい」
「凄いな! まだ子供なのにこんな難しい本が読めるんだ!」
何気ない一言だったけど、私は嬉しかった。
周囲から罵倒される毎日を送っていた私にとって、彼の言葉は光そのものだった。
聞けば彼は父親のお仕事の付き添いで王都に訪れているらしい。
一か月ほど滞在していて、彼は毎日のように図書館に訪れ、私と一緒にお話をしてくれた。
「私……大きくなったら宮廷に入るの」
「宮廷か! アリスならなれるよ! だって天才だからな!」
「天才……?」
「凄いやつってこと! 俺も負けてられないな!」
彼がレイニグラン王国の王子だと知ったのは、彼が国へ帰る前日のことだった。
驚いたし、なんて恐れ多いことをしていたんだと思った。
けれど彼は笑って、友達として接してくれた。
それが何より嬉しくて、この繋がりを失いたくないと思った。
そして最後の日……。
「これ、使ってほしい」
「イヤリング?」
「遠くにいても、お話ができる魔導具……作ってみたの」
「アリスが! 凄い! 貰っていいの?」
私はこくりと頷いた。
すると彼はすごく喜んでくれた。
「ありがとう! これで離れていても、また話ができるな」
「う、うん!」
彼も同じ気持ちでいてくれたらしい。
私と一緒にお話をして、彼も楽しいと思ってくれていたんだ。
それから月日は流れ――
◇◇◇
私たちは成人となり、こうしてレイニグラン王国の王城で向かい合っている。
「懐かしいな。君と出会って、もう九年か」
「そうですね」
「堅苦しくする必要はないぞ? ここには俺たちしかいないんだ。いつも通りでいい」
「――ええ」
私たちは今でも友人だ。
離れていても、身分の違いはあっても、それは変わらなかった。
レオル殿下……ううん、レオル君は優しい。
同じ王子でも、ここまで差があるのかと思えるくらい優しくて、聖人みたいな人だ。
彼と友人になれた幸運を、私は心から感謝している。
そして、見捨てられるだけだった私に、手を差し伸べてくれたことも。
「改めて、ありがとう。お陰で帰る場所を失わずに済んだわ」
「礼を言うのはこっちだ。いや、謝罪すべきだろうな。君には辛い役目を与えてしまった。すまない」
「謝らないで! これは……私が望んだことよ」
「アリス……」
レオル君が気に病むことじゃない。
むしろ感謝している。
もし彼が私をスパイに誘ってくれなかったら、今頃路頭に迷っていただろう。
「三年前……お父様が、私を追放する計画を立てていると知った日から、あの家にも宮廷にも未練はなくなったわ」
頑張ればお父様も認めてくれる。
そう思っていた私は、三年前に死んだ。
お父様は私を、本気で道具としてしか見ていなかった。
私が宮廷入りした時から、いずれシスティーナにその座を継がせ、私を家から追い出す計画を立てていたんだ。
偶然にもそれを知った私は絶望して、レオル君に相談した。
その時に初めて、セイレスト王国とレイニグラン王国の関係性と真実を知った。
私がスパイになったのもその時だ。
「今日までしっかり準備してきた。私が作り上げた魔導具、魔法も浸透している。彼らは気づいていないでしょうけど、今も私の掌の上よ」
三年前にスパイになった日から、私の生きる意味は変わった。
お父様も、宮廷も、王国も関係ない。
私の唯一、手を差し伸べてくれたレオル君の期待に応えたい。
そして、役目を終えたその先で――
安らかに、のんびり暮らしたい。
私の願いはそれだけだ。
レオル君は、私のささやかな願いを守ると誓ってくれた。
何度も裏切られてきた私だけど、彼だけは一度も私に嘘をつかなかった。
だから最後に、彼だけは信じようと思う。