38.疑念
何もかもが順調に進んでいる。
国力の回復、資源も増えた。
協力関係にある国も増えつつあり、セイレスト王国打倒の目的に近づいている。
ルガルド殿下を脅迫し、こちらの命令に従わせることができた時点で、私たちの目的は大詰めとなる。
あと少し、もう少しでたどり着く。
そんな時、よくない流れがやってくる。
安定していた国王陛下の容態が、急激に悪化した。
「ぐほっ、う……」
「父上!」
ベッドの上で眠る陛下は、なんども吐血と嘔吐を繰り返している。
ここ数日、ずっと眠っていた陛下は目覚めることはなく、ただただ苦しい声を上げていた。
「外に出ていてください、殿下。ここは私にお任せください」
「……頼みます」
専属の医師に任せ、レオル君は陛下の部屋を後にする。
一緒にいた私もレオル君と共に部屋を出た。
陛下の容態は心配だけど、病が相手では魔法使いの私にどうすることもできない。
病は医者の領分だ。
「はぁ……」
「大丈夫? レオル君」
「ああ、すまない。情けないところを見せてしまって」
「情けないなんて思わないわ」
大切な人が死の危険にさらされているんだ。
取り乱すことは当たり前だろう。
優しい彼なら尚更、今までよく涙をこらえていると思う。
私はレオル君と一緒に中庭を歩く。
こういう時は部屋にこもるより、外で太陽の光を浴びたほうが落ち着く。
レオル君はふいに立ち止まり、木陰に背を向けてもたれ掛かる。
「……これまでも何度か、容態が悪くなることはあったんだ」
「その時は?」
「なんとか持ち堪えた。カリブ先生が診てくれているおかげだ。もしいなかったら、きっと今頃会えない人になっていた」
「……そう」
彼は心からカリブというあの医者を信じているらしい。
確かに今も、容態が悪くなってすぐに駆け付けた。
真摯に対応してくれている……ように見える。
だけど、私はどうにも信用できなかった。
レオル君には悪いと思う。
それでも引っかかる。
なんとなく、決定的な理由もなく、曖昧な疑念が胸に浮かんでいる。
その後、再び陛下の容態は安定した。
かに見えたが、カリブ医師から悲しい知らせが来る。
その知らせを、私とレオル君は共に陛下の枕元で聞かされた。
「数日……ですか?」
「はい。大変申し上げにくいのですが、陛下のお身体はもう限界が近い。何度も今のような状態が続けば持ちません。おそらく後二度……いえ、一度でも容態が悪くなれば、その時に……」
「――っ! なんとも……ならないんですか?」
カリブ医師は首を横に振る。
「残念ながら、治療法も定かではない難病です。加えて、私の知識にもない症状まで併発してしまっている。私の力ではどうすることもできません。他の国の医者でも……難しいでしょう」
「そう……ですか」
「本当に申し訳ありません。この国の医者として、陛下の命を救うことができず」
「そんな! カリブ先生のおかげで父上もここまで持ち堪えられたんです! 感謝しかしていません!」
頭を下げるカリブ医師に、レオル君は優しい言葉をかける。
カリブ医師も悔しそうな横顔を見せる。
彼も必死に治療していたのだろうか。
それなのにどうして、私は彼のことを信じられないの?
自分の中で理由を探す。
初めて見た時から感じている……この違和感は何?
潜在的に彼を信じたくないと思う自分がいて、その奥底には敵だと決めつける感情がある。
私が信じているレオル君が、カリブ医師を信じているのに。
ここまで明確に、理由もないのに、敵視してしまうのは……。
「レオル君、少しだけ陛下の身体を見てもいいかしら?」
「――! アリスが?」
ピクリと、カリブ医師が反応した。
私はそれに気づきながら、構わず続ける。
「ええ。私は医者じゃないけど、人の身体のことは知っている。治癒魔法は病の完治には使えないけど苦しさや痛みを和らげたり、気休めになるかもしれない」
「俺は構わないよ。アリスのことは信じている」
レオル君は話しながらカリブ医師に視線を向ける。
医者である彼の意見も伺いたいようだ。
カリブ医師は僅かに躊躇ったように目を逸らし、こくりと頷く。
「どうぞお願いします。苦しみの緩和ができるのなら、せめて安らかに」
「はい。ありがとうございます。少し集中したいので、お二人とも外に出ていてもらっても構いませんか?」
「ああ、終わったら呼んでくれ」
「ええ」
話をつけ、二人が部屋から出て行く。
私は眠っている陛下を見下ろし、右手をかざす。
「さて……」
この懸念を解消する方法は、直接調べるしかない。
レオル君の父親に対して、実験するみたいで申し訳ないけど。
もし最悪の予想が当たっていたなら、逆に私の手で、少しだけ命を繋ぐことができるかもしれない。
「ふぅ……始めましょう」
医者の治療ではない。
魔法使いにできることは、魔法をかけることだけだ。






