37.誓いをここに
呪いをその身に受けてしまったルガルド王子は荒れていた。
「くそっ!」
自室で物を蹴り飛ばし、椅子やテーブルを殴る。
何が壊れようと気にしない。
自分の身体に刻まれてしまった死の烙印に抗ったところで無意味だった。
「呪いだと……? ふざけたことを……」
アリスティアから解放された直後、彼は急いで書斎に向かい、呪いについての文献を漁った。
呪いのことを他言すれば発動する。
どこまで条件に組み込まれているかわからない以上、呪いという単語を口にすることすら憚られる。
故に、自力で調べ上げ、解呪方法を見つけるしかなかった。
が、すぐにわかる。
自力で解呪することは不可能だと。
呪いはかけた本人を殺しても、呪いそのものは消えない。
遠隔の発動がなくなるだけで、条件による呪殺の危険は残ってしまう。
完全に呪いを解くには、呪った本人の意志で解除するか、その人物を上回る魔法使いの手を借りるしかなかった。
「……無理じゃないか」
アリスティアより優れた魔法使いなど、この国には存在しない。
仮にいたとしても、事情を伝えられない時点で協力を頼めない。
彼は詰んでいた。
唯一協力してくれそうなシスティーナも、実力不足に加え、すでに彼から心離れをしている。
これから彼は、いつ殺されるかわからない恐怖に、長く苦しむことになる。
たった一人で……。
「っ……どうして僕が……」
恨みの感情は膨れ上がる。
自業自得などという言葉は、今の彼には浮かばない。
あるのはどうやって、アリスティアを苦しめてやろうか。
自分が手を下すことはできなくとも……。
「くくっ……彼女はあの国にいるんだったな」
ルガルド王子は笑みを浮かべる。
彼女が今、どの国にいて何を企んでいるのか。
解放前に彼女がルガルド王子に命令したいくつかの中に、レイニグラン王国の名があったことで悟っていた。
「見ていろ……苦しめ」
彼の脳裏にはとあるビジョンが浮かぶ。
彼女が疑われ、苦しむ姿が。
◇◇◇
大荒療治を済ませた翌日、私は変わらず宮廷に足を運んでいた。
環境に目立った変化はない。
命令通り、私のことや他のあれこれも、ルガルド王子は他言していないようだ。
陰で漏らしている可能性は否めないけど、一先ず平和だった。
「――意外ね。もう来ないと思っていたわ」
「それはこっちのセリフだよ。俺一人だけ残される気がしてヒヤヒヤした」
私たちは研究室で顔を合わせる。
シクロ殿下は相変わらず飄々とした態度で言う。
「上手くやれたみたいでよかったよ。お陰様でこっちも、妹を取り戻すことができた」
「――そう、よかったわね」
私がルガルド殿下を脅したことで、彼が侍らせていた愛妾たちは解放された。
本人の意志でルガルド殿下の下にいた女性は一人もいなかったらしい。
今頃彼女たちは、それぞれの国に帰る仕度をしているだろう。
「ああ、国に妹が帰ってくるまでは残るのね」
「いいや、君がいる限りは俺もここに残るつもりだよ?」
「あら? どうして? もうあなた自身の目的は達成したでしょう?」
王子として国を取り戻す、とか言っていたけど、彼の本心は妹のことだけを考えていた。
臆病な国王に代わり、自らが刺客となって妹を奪還するつもりでいた。
国のことなんて二の次で、妹を助けられればそれでいいと思っていたことに、私はとっくの昔から気づいている。
彼にはもはや、この地に残る理由がない。
自国に戻っても協力はできるし、裏切るなら今がチャンスだろう。
「妹は戻ってくる。君たちの……いいや、君のおかげで」
「――!」
彼はいきなり、私の前で片膝を突く。
「心から感謝している。こうも早く、あの子を助けられるとは思っていなかった」
「あなた……」
一国の王子が、私相手に頭を下げている。
いつもの飄々とした胡散臭い態度とは違って、真摯な態度で私を見る。
「君の助けがなければ、あの子は今も苦しんでいた。救ってくれたのは君だ」
「ただの成り行きよ」
「それでも、俺は君に感謝している。だから今ここで誓おう。グレスバレー王国第一王子、シクロ・グレイセスは、この先君の、君たちの味方であり続けると」
彼は右胸に手を当て、誓いを立てる。
永遠の誓いを。
「……いいのかしら? そんな簡単に言ってしまって」
「簡単じゃないさ。俺はこれでも一国の未来を背負っている。王子として、君たちに味方したほうが有益だと判断した。これから滅びゆく国と共に、沈んでいくつもりはない」
「期待してくれているのね? 光栄だわ」
「ああ、しているとも。何より君に、興味が湧いてきたところだ」
彼はおもむろに立ち上がり、いつもの飄々とした態度に戻る。
「君という人間を近くで見ていたい。だからここに残った。君にとっても有益だろう? 俺の魔法使いとしての腕は、役に立つからさ」
「――ふっ、そうね。使い勝手のいい道具だわ」
「ははっ、道具とは悲しいな。今回も結構頑張ったと思うけど?」
「そうね。あなたがいたおかげで、多少は楽ができたわ」
段取りを組む時、彼の存在は大きかった。
私が不在な場所でも、私と同じだけのパフォーマンスが発揮できる魔法使いは彼しかいない。
自分が二人いるみたいな感覚だ。
調子に乗るから、これ以上は言わないけど。
「いい相棒を持てて幸せだろう?」
「その胡散臭い口が閉じてくれたら幸せよ」
「それは無理だ。君ともっと関わるには、会話するのが一番だからね」
「……はぁ、勝手にすればいいわ」
胡散臭い口調に慣れつつある自分が嫌になる。
ただ、以前よりは信用できるか。
なんとなくだけど、この男とはまだまだ長い付き合いになる。
そんな気がした。






