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【WEB版】妹に婚約者を奪われた伯爵令嬢、実は敵国のスパイだったことに誰も気づかない【書籍化・コミカライズ決定】  作者: 日之影ソラ
後編

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36.姉として

「嫌あああ! こないでぇ!」


 彼女は必死に叫んでいた。

 信じていた婚約者の後姿が消えるまで、涙を流しながら声を上げた。

 意味不明な発言と会話による混乱も、この状況による恐怖と絶望が上書きする。

 男たちがいやらしい目つきで迫る。

 頼りの魔法は使えず、手足もまったく動かせない。

 されるがままに、これから男たちに弄ばれるだろう。


「お願い……誰か……」


 ――助けて。


「はははっ、その面たまんぇうぇ!?」

「だ、誰だてめぇ、ぶえっ!」

「ごあ!」

「うっ!」


 恐怖から目を瞑り視界を閉ざし、聞こえる音すら意識的に遮断してしまっていた彼女は、いつまで経っても触れられないことに気付く。

 そしてようやく、恐怖が薄れて声が聞こえる。


「なんなんだごら!」

「悪いわね。これでも一応……姉妹なのよ」

「――え」


 彼女は恐怖で閉じていた瞳を開く。

 そこに立っていたのは男たちではなく、よく知る一人の女性であることに驚いただろう。

 涙でぐしゃぐしゃになった表情で私を見つめる。

 

「お姉……様?」

「……久しぶりね、システィーナ」


 私たちは再会した。

 薄暗い王都のどこかもわからないような場所で。

 彼女は拘束され、私は男たちをボコすかと倒しながら。


「アリスティア・ミレーヌ!」


 男たちが次々と剣をとる。

 どこかに隠していたらしい。

 それ以前から、彼らの正体には気づいていた。


「なぜ追放された貴様がここにいる!」

「そっちこそ、誇り高き王国の騎士様が、こんな非道なことをしていいのかしら?」

「はっ! 殿下がいいとおっしゃったんだ。俺たちはただ命令に従っているだけだ」

「そう。なら本心で襲おうとしていたわけじゃないの?」


 私はわかりきった質問を投げかける。

 すると男たちは笑みを浮かべる。

 ゲスな笑みを。


「そんなこと、言わなくてもわかるんじゃないか?」

「……そうね。聞いた私が馬鹿だったわ」


 私は小さくため息をこぼす。

 幻覚魔法を施したのはルガルド殿下のみ。

 つまり、ここにいるほとんどの騎士たちには彼女はシスティーナの姿のままだ。

 ルガルド殿下の発言の矛盾に気づけば、彼がまやかしを見ていることにだって気づけていたかもしれない。

 だけど、彼らは何も言わなかった。

 相手がシスティーナでも、私でも関係ない。

 好き勝手に遊ぶ相手がいれば、それでよかったのだろう。

 正真正銘のゲス男たち。

 こんな男たちに守護されている王国なんて、滅びてしまえばいいと思わない?


 残った男たちが私とシスティーナを囲みこむ。


「僥倖だ。二人まとめて遊んでもらうぞ」

「残念だけど、もう終わってるわ」

「は? 何をざれごとを。貴様は所詮魔法使い、距離さえつめれ……ば……?」

「悠長にしゃべりすぎたわね」


 彼らの脚がすでに凍結を始めていた。

 すでに魔法は発動済み。

 この場にいる男たち全員、氷漬けにして保存してあげる。


「なっ、くそ! いつの間にこんな……」

「忘れていたの? 私はこの国を支えていた魔法使いよ」

「ぐ、うあああああああああああああああああ」


 叫んでも、誰にも届かない。

 そういう場所を自らが選んだのだから自業自得だ。

 今はもう誰も声をあげない。

 カチコチの氷になって、ピクリとも動かなくなった。


「お姉様……」


 私は振り返り、彼女の拘束を解放する。

 魔力を乱す魔導具も、鍵さえあれば簡単に開けられる。

 鍵はそこらへんに落ちていた。

 彼女を解放した私は立ち去ろうとする。


「ま、待って! お姉様……どうして私を……」

「言ったでしょう? 一応これでも姉妹だからよ」


 私は彼女に背を向けたままそう答えた。

 好きか嫌いかで言えば、彼女のことは嫌いだ。

 常に優遇され、誰かに守られ、選ばれ続けてきた彼女が嫌いだった。

 いいや、羨ましいと思っていた。

 大した努力もせず認められ、期待される彼女が。

 それでも、殺したいほど憎かったわけじゃない。

 だからこれが、最初で最後の姉としての優しさになるだろう。


「もうわかったでしょう? あの男の本性はクズよ」

「……ルガルド殿下に何か魔法をかけていたんですね?」

「ただの幻覚よ。聞こえてきた言葉はあの男自身が考えていること。私を見下していたことも、あなたを……どうするつもりだったのかも」

「――私は……」


 ポロポロと涙を流す。

 信じていた人の汚い本性を知った悲しみか。

 それとも無事だったことを喜ぶ涙か。

 どちらにしろ私には関係ない。

 私がこの国を、家を追われた時点で、とっくの昔に他人になっている。

 それ故に、ここから先は他人同士の会話、交渉だ。


「私はこれから、ルガルド殿下を断罪するわ」

「――! 手にかける……おつもりですか?」

「それはあの男次第ね。メインの計画では生かして利用するつもりだけど」

「……私は、どうされるのですか?」


 顔を見なくてもわかるほど、不安そうな声がする。

 声がわずかに震えていた。

 怖いのだろう。

 復讐の対象に、自分も入っていることには気づいているから。


「どうもしないわ」

「……え?」

「殺されるとでも思った? だったら助けたりしないわ。まぁでも、私の邪魔をするようなら手を出すかもしれないわね」

「……どう、して……お姉様は私を……」

「恨んでいるわよ」


 ハッキリと答える。

 後ろを振り向き、冷たい視線で震える彼女を睨む。


「だから罰は受けてもらう。この先も永遠に、私が味わってきた忙しさに耐え続けなさい。今の仕事が楽に感じられるころには、私の苦労も理解しているでしょう?」


 彼女はすでに、罰を受けている。

 私に代わって宮廷に入った時点で、彼女の運命は決まっていた。

 ロクな実力もないくせに、私と同じことができると思いあがった故の天罰だ。

 私が直接手を下さずとも、彼女はこれからも苦しみ続ける。

 重すぎる期待という……私にはなかった辛さも相まって。

 もっともそれは、そう長くは続かない。

 

「せいぜい頑張りなさい。この国が今のままであるうちに」

「……はい」


 彼女は泣きながら答えた。

 まさか普通に返事をするとは思わなかったけど、私は構わず背を向け歩き出す。

 こうして話す機会は二度とないかもしれない。

 私たちはもう、他人なのだから。


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― 新着の感想 ―
[一言] 何とも後味が悪い終わり方ですね。
[一言] ルガルドには罪と罰の両方、システィーナには罰のみを。 女性に仇なす愚者には、呪いをかけて傀儡にする。 妹は、仕事の量に忙殺される。 愚者は楽にはならないが、妹は慣れれば楽になる。 …
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