35.傀儡の誕生
夕暮れ時。
ルガルド殿下が満足気な表情で廊下を歩く。
そこへ一つの足音が近づき、声をかける。
「ルガルド殿下」
「――! やぁシスティーナ、珍しいじゃないか。君がこんな時間にここにいるなんて。仕事はいいのかい?」
「はい。今日は早く終わったんです。少しでも早くルガルド殿下に会いたくて」
「可愛いことを言ってくれるね。僕も、久しぶりに君とゆっくり話したいと思っていたんだ」
肩に手を回され、そのまま一緒に彼の部屋へと向かう。
徐にベッドに座り、その隣に腰かけると、彼はニヤっと笑いだした。
「どうかなされましたか?」
「ははっ、実は君に面白い話があるんだよ。聞きたいかい?」
「はい。ぜひ」
ルガルド殿下はまた下品な笑顔を見せる。
話したくて仕方がない、そんな顔だ。
「アリスティアがどうしているか、君は知っているかい?」
「お姉様ですか? いえ何も」
「彼女、馬鹿みたいにまたここへ戻ってきていたんだ。しかも新人に変装して」
「そうだったのですね。まったく気づきませんでした」
「僕は気づいたんだ。今は特別ルームに招待してる。きっと今頃、とっても楽しい思いをしているはずだよ」
ゲラゲラと品のない笑い方だ。
彼はよほど楽しいことがあると、笑い方が汚くなるらしい。
新しい発見だ。
もっとも……。
「それは――おかしいですね」
「何がだい?」
「だって、アリスティア・ミレーヌは今、あなたの隣にいるじゃないですか?」
「――は?」
私には関係ない。
彼の笑い方がどうかなんて、心底どうでもいい。
笑顔よりも、そのマヌケな表情のほうがよっぽど見たかった。
彼は振り返り、私を見る。
今の彼の瞳には、私はシスティーナではなくなって、アリスティアとしての姿が映っている。
「なっ……なぜ君が……いつから!」
「最初からですよ。あなたに話しかけた時から、ずっと私は私でした」
パチンと指を鳴らし、彼もまとめて別の場所へ転移させる。
移動先は普通の空間ではない。
視界は真っ白で何もない。
異様な世界に二人だけがいる。
「こ、ここは一体……」
「私が作った空間です。ここには私の許可がないと誰も入れません。もちろん、出ることもできません」
「君は……なんでここにいる! どうやって抜け出したんだ!」
彼は激高する。
激しく動揺している様子だ。
心から面白い。
滑稽すぎて笑ってしまう。
「まだ気づかないんですか? 私はさっきまで、誰に見えていたんでしたっけ?」
「――まさか、僕が連れ出したのがシスティーナだっていうのか」
「正解です」
「ありえない! 彼女とは会話も成立していた! 彼女を君に見える様にしていたなら、会話は成り立たないはずだ!」
「残念ながら、私が幻術をかけたのはあなたですよ? ルガルド殿下」
彼はまやかしを見ている。
数種類の幻覚魔法を掛け合わせることによって、彼が見ていたのは彼の理想。
こうなってほしいという願望を映し出す。
彼が廊下で話しかけた時は、まだこの魔法は発動しておらず、姿が私に見えているだけだった。
システィーナが眠っている間に魔法をかけ直し、ルガルド殿下が幻覚を見続ける様にしてからは、思った通りに進んでくれた。
「ずっと……僕は幻を見ていたのか」
「ええ。きっとあの子だけが、意味不明な発言をするあなたに困惑していたでしょうね」
「くっ……君は妹を利用したのか!」
「システィーナのことなら心配はいりません。あなたが思っているようなことにはなっていない。それ以前に、あなたに糾弾されるいわれはありませんね。最低なクズ王子」
彼がシスティーナをどう思っていたのか。
結局、目当ては彼女の顔や体だけで、愛なんてなかった。
そういう男でしかない。
心底気に障る。
だからあと腐れなく、魔法を発動できる。
「――っ、な、なんだこれは……!」
彼の右腕には奇妙な文様が浮かび上がり、ゆっくりと消える。
「それは呪いです」
「の、呪いだと!」
「ええ、私があなたにかけました。アクセサリーを拾ったでしょう? あれで呪いはあなたに移った。そして今、私と直接対面したことで条件を満たし発動しました」
呪いとは特殊な魔法の一つ。
特定の条件を満たすことで発動し、対象者を苦しめる。
「その呪いが発動すればあなたは死にます。解呪は私以外にはできません」
「死……僕を殺すつもりなのか」
「安心してください。条件さえ満たさなければ発動しません」
私は二本指を立てる。
「条件は二つ。一つ、呪いのことを他言する。二つ、私の正体を他者にばらす。これをしなければ死にません」
「……このことを誰にも言うなということか」
「はい。ただこれは、あくまで呪いの発動に関してです。それとは別に私のお願いがあります。この後すぐに、他国から呼び寄せている女性を解放しなさい」
「聞くと思うかい? こんなことをした相手――」
瞬間、風の刃が殿下の頬を斬り裂く。
ツーと血が流れ落ちる。
「聞かなけば殺します。別に今ここで殺してもいいんですよ? そうすれば結局目的は達成されますから。私は戦争になっても構わないと思っていますし」
でもきっと、レオル君は望んでいない。
優しい彼は、余計な血が流れることを望まない。
彼に感謝しなさい。
私がこの場で殺さないのは、彼を悲しませたくないから。
「わ、わかった。解放すればいいんだな」
「ええ、できなければ殺します。その呪い、私の意志で遠隔発動もできるんです」
その気になればいつでも殺せる。
事実であり脅しを口にすると、彼は身体を震わせる。
「……き、君はなんのために戻ってきたんだ? 僕への復讐のためか?」
「そうですね。あなたに限った話じゃありません。私は、この国が奪ったものを全て奪い返します」
「――本気で言っているのか? 君一人で、この国をひっくり返す気か?」
「それも面白そうですね。でも、不可能じゃありません。だって今、都合のいい人形を手に入れたじゃありませんか」
私はニヤリと笑みを浮かべる。
彼の真似っこだ。
こういう顔をしていたんだぞという当てつけ。
もう二度とやらない。
「あなたにはこれから、私の指示通りに動いてもらいます。拒否権はありません」
「君は……この僕を支配しようというのか」
「もうしていますよ」
命を握られた時点で、彼に選択肢はない。
呪いの解呪も、私と並ぶ魔法使いでもいない限り不可能だ。
残念ながらこの国に、私を超える魔法使いはいない。
システィーナでも不可能だ。
もっとも、今の彼女が協力するとは思えないけど。
「これは報いですよ、殿下。これまで他人をいいように利用してきたあなたが、今度は私に利用されるんです」
「くっ……」
悔しそうな表情。
この顔が見られただけで、私は十分にすっきりした。
謀る側から、謀られる側に回った気分はどう?
これからじっくり、私たちが味わった苦しみを教えてあげるわ。
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