30.気持ち悪い
新人宮廷魔法使いがドラゴンを撃退した。
誰もが手をこまねいている中で、たった一人で勇敢に立ち向かった。
これは快挙である。
英雄の誕生である。
民衆はそのことに歓喜し、多くの賞賛を得た。
そして――
宮廷魔法使いイスカは国王陛下より勲章を授与された。
その特典として、一般人だったイスカは子爵の地位を与えられることになる。
平民から貴族へ仲間入りを果たす。
「嬉しくなさそうだね」
「当然でしょ? 全部自作自演だし、気持ちよく撃退したのもあなただし」
「まだ怒ってるのかい? 君の力を信じていたから全力を出しただけなんだけど」
「ふんっ、じゃあ今度は逆の立場でぜひやってみたいわね」
「……それは遠慮しておくよ」
爵位を得ても、私たちの仕事は変わらない。
宮廷の研究室で仕事をしながら、順調に進んでいることを喜ぶ。
シクロ殿下が尋ねる。
「それで、例の人物からコンタクトは?」
「まだよ。でも時間の問題ね。他の貴族たちからのアプローチが激しくなっているわ」
「モテモテだね」
「馬鹿にしてるの? それとも代わってあげましょうか?」
「それこそ遠慮しておくよ。男に迫られたって何も嬉しくないからね」
「……私だって一緒よ」
目的のためとはいえ、知らない男たちに口説かれたり、廊下を歩いているだけでも呼び止められる。
注目されるのも窮屈なのだと実感した。
誰にも注目されず、放置されていたあの頃が、案外性に合っていたことに今さら気づかされる。
トントントン――
そんな話をしている最中、研究室の扉をノックする音が聞こえた。
私たちは目を合わせる。
「どうぞ」
「――失礼するよ」
声の主に一瞬で気づき、シクロ殿下は転移魔法で部屋から消える。
扉を開けて入ってきたのは、目的さえなければ二度と顔を見たくない人物だった。
「ルガルド殿下!」
「やぁ、仕事中に邪魔してしまってすまないね」
彼は優しい笑顔を見せる。
世の女性なら、この笑顔にドキッとするのだろうけど。
私の場合はイラっとする。
彼はキョロキョロと部屋の中を見渡す。
「あれ? もう一人一緒に研究していると聞いていたんだけど……」
「はい。彼なら外出で、今は私だけです」
「そうか。それは好都合、実は君と話したいと思っていたんだ」
「私とですか? 光栄です」
できるだけ明るく、彼が好みそうな人柄を演じる。
現れた目的はわかっている。
「聞いているよ。ドラゴンを撃退した英雄さんなんだって?」
「いえ、そんな……」
「もっと勇ましい人物かと思ったら、こんなにも可愛らしい女性だったなんて驚きだよ」
「あ、ありがとうございます」
私のことを口説くためだ。
ドラゴンを撃退できるだけの実力を持ち、世間的にも認められ、爵位を手に入れた。
彼が口説く条件は揃っている。
否、揃えさせた。
「僕はぜひ君と仲良くなりたい。できれば食事なんて一緒にどうかな?」
「はい。ぜひ」
元よりイスカの変装も、この男が好きそうな顔にしておいた。
全ては彼に見つけてもらうために。
思惑通り、彼は私を口説き始める。
この翌日からも、毎日のように私に会いに来て。
時には自分の部屋に誘ったりもしてきた。
私もそれを拒否しない。
できるだけ、彼の好みから外れないように、従順な女性を演じている。
今日もまた、彼の部屋に招かれ談笑する。
「君といると楽しくて仕方がないよ」
「私もです。こんなにも幸せな時間を過ごせるなんて、夢のようです」
「僕もだよ。できればこれからも一緒に……ねぇイスカ、僕の婚約者の一人になってくれないかな?」
「私をルガルド殿下の婚約者に? よろしいのですか?」
「ああ、君が相応しい」
彼は私の肩に腕を回し、そっと抱き寄せる。
「まぁ、なんて素敵なお話なのでしょう。ですが少し不安です。宮廷のお仕事が忙しくて、殿下に忘れられてしまうのではないか……」
「心配ないよ。僕の婚約者の一人に同じ立場の子がいる。忙しいなら、彼女に全部任せてしまえばいい」
「よろしいのですか?」
「ああ、構わないよ。彼女のほうが先輩だからね。それに……今の僕には君の方が大事だ」
この瞬間、ルガルド殿下はシスティーナを見限り、私に乗り換えることを決めたようだ。
可哀想だとは思わない。
彼女にだって非はあるし、私はちゃんと彼女も恨んでいる。
ただ……。
この男はクズだ。
コロコロと女性を手籠めにして、いらなくなったら捨てる。
顔を見ているだけでも虫唾が走る。
「僕の婚約者になってくれるかい?」
「はい。殿下」
本当は嫌だ。
何が悲しくて、こんな最低男の婚約者になんてならなくちゃいけないのか。
だけどすべては目的のためだ。
奪われたものを取り返すために、この関係性は必要になる。
彼は唇を近づけようとする。
ここは黙って、彼が望む女性像を貫き通す。
唇が近づく。
私は咄嗟に、顔を遠ざけてしまった。
「イスカ?」
「すみません。この後の予定のことをすっかり忘れていました。急いで戻らないと」
僅かに殿下はムスッとする。
しかしすぐ表情を戻して、ニコッと笑みを浮かべて言う。
「そうなのか。じゃあこの続きはまた今度に」
「はい。ぜひ」
私は殿下から離れてその場を立ち去る。
愛想笑いを最後までして、お淑やかに部屋を出て行く。
「……ふぅ」
私もまだまだ覚悟が足りないわ。
口づけを嫌だから避けてしまうなんて……。
でも、種は撒かれた。
これで王城での下ごしらえは大方終えられた。
いよいよ始まる。
私たちの復讐劇が。
◇◇◇
ルガルド王子は僅かに苛立っていた。
今日はこの場で、彼女の身体を頂くつもりでいたから。
「……まぁいい。あの様子なら次回は従順に……ん?」
ふと足元に落ちているものに気付く。
アクセサリーだった。
しかし特徴的なのは、ある家の家紋が入っていること。
「これはミレーヌ家の……なぜ彼女が……! そうか、そういうことか」
ルガルド王子はいやらしい笑みを浮かべる。
全てを悟ったように。
本日ラストの更新です!
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