3.全てを奪われて
宮廷には様々な役職があり、そのほとんどが貴族出身の者ばかり。
由緒正しき宮廷で働く者は、それに見合った地位の者、もしくは才能あふれる者でなくてはならない。
平民が入れる一般試験も設けられているけど、かなり厳しい審査があり、宮廷入りできる者は一握りだ。
貴族であれど、誰でもなれるわけじゃない。
同じ役職には同じ家名の者が二人以上就くことができないという規定もある。
つまり、私が宮廷魔法使いの地位にいる限り、ミレーヌ家の人間は宮廷魔法使いにはなれない。
そのはずだった。
「私がその役に就いている以上、いくら殿下のお言葉であっても」
「心配は無用だ。規定にはちゃんと則っている。要するに君が邪魔なんだ」
「邪魔……」
「そう、邪魔だ。だから君を除名すればいい」
あっさりと、衝撃的なことを口にする。
私は目を丸くした。
「除……名?」
「彼女の就任に伴い、本日付で君から宮廷魔法使いの地位を剥奪する。その旨が書かれている。よく読んでおくといい」
殿下は私に一枚の紙を手渡す。
震えながら手に取り、中身を見て驚愕する。
国王陛下の直筆で、今しがた殿下が口にした内容が書かれていた。
絶望する私に、更なる絶望が押し寄せる。
「これだけじゃない。システィーナ、君から伝えるんだ」
「殿下……」
「わかっている。辛いだろうけどこれで最後だ」
「はい」
最後、という言葉が引っかかる。
システィーナは少しだけ悲しそうな顔……それも作った表情を見せる。
彼女も何か紙を持っていた。
その紙を、ゆっくりと私に手渡す。
「これは……?」
「お父様からお姉様に……内容は、見ればわかります」
彼女は目を逸らした。
私は書類に目を向け、そこに書かれていた内容に言葉を失う。
「そんな……」
簡潔に一言でまとめる。
お父様から私に告げられた言葉は、私をミレーヌ家から永久追放するという内容だった。
「どうして……こんな!」
「賢明な判断だよ。役割すら失った君はミレーヌ家にとっても不要な存在だ。僕だって迷わず切り捨てる。聡明な当主様でよかったね」
私の手元には二枚の通告書が握られている。
一つは宮廷、もう一つはミレーヌ家。
私はこの日、二つの居場所から追放されてしまった。
「わかるかい? 君の居場所はこの城に……いいや、この国のどこにもなくなってしまったんだよ」
「……そん……な……」
殿下は意地悪な笑みを浮かべ、私のことを見下す。
手から力が抜けて、ひらひらと通告書が床に舞って落ちる。
私は努力してきた。
お父様に認めてもらうために必死で。
毎日休まず働いて、国にも貢献してきた。
王都の暮らしを支える魔導具を一新したのは私だ。
その魔導具に魔力を供給する装置も、私が改良して効率化させた。
王国の兵や魔法使いが用いる魔法も、私が新しく開発した魔法式を採用している。
今、この国で使われている魔法技術のほとんどは、私が作り上げたものだ。
身を削り、ここまでして……。
「私がしてきたことは……なんだったの?」
私は膝から崩れ落ちる。
そんな私に歩み寄り、肩にぽんと手を乗せて、殿下は耳元で囁く。
「大丈夫。君が作り上げたもの、この国に残したものは全て彼女が引き継いでくれる。彼女も君に劣らず優秀だからね?」
私はシスティーナに視線を向ける。
彼女は私を見下ろしていた。
見下していた。
ほくそ笑むように、馬鹿にしていた。
「だからね? 安心していなくなってくれていいんだよ? 裏切り者の娘なんて、この国には必要ないんだから」
「――っ、うぅ……」
私は必死に我慢する。
こぼれ落ちそうになる涙をこらえて、勢いよく立ち上がる。
そのまま逃げる様に、私は研究室を飛び出した。
「おやおや、壊れちゃったかな?」
「仕方ありませんわ。そういう運命だったのです。お姉様は」
扉を開けて廊下を走る。
二人が最後に何を言っていたのか、私には聞こえなかった。
ここに私の居場所はない。
宮廷を飛び出し、王城の敷地を抜けて、王都の街まで駆け出した。
いつもなら屋敷に帰る。
だけど、今は帰る場所すら失ってしまった。
とぼとぼと王都を歩く。
家も、職も、これまで積み上げてきた功績も、全て失ってしまった。
私はミレーヌ家の人間ではなくなった。
宮廷からも追放された私は、これからどこへ行こうが、何をしようが関係ない。
「――ふぅ」
計画通りだ、全て。
「やっと終わったわ」
私は冷たい溜息をこぼし、振り返って遠くの王城に視線を向ける。
「スパイの娘は必要ない……ね。その通りでビックリしたわ」
私は不敵に笑みを浮かべる。
彼らは気づいていない。
私がただ、絶望のままに追放されたと思っている。
本当は全て知っていて、こうなること予測していたのに。
カエルの子はカエル、という言葉があるらしい。
子は親に似るという意味合いだ。
まったくその通りだから笑えない。
私の母親はスパイだった。
だから私も――
「気づかなかったみたいね。誰も……私がスパイだってことに」
お陰で難なくこの国から脱出できる。
私は人気のない道を通り、自分で作った通信魔導具を起動させる。
イヤリングに偽装して作られた魔導具から声が聞こえる。
「――アリスか」
「はい。予定通り、これから王都を出発します。明日の夕刻にはそちらに到着予定です」
「そうか。ご苦労だった。くれぐれも気を付けて帰ってきてくれ。待っている」
「はい」
通信を終了し、私は空を見上げる。
旅立ちにはもってこいな、雲一つない青空だ。
毎日仕事ばかりで空を見上げる余裕すらなかったから、こうして外の空気を目いっぱいに吸い込めるのも新鮮で、気分がいい。
「はぁ……さぁ、帰ろう」
私の居場所はここじゃない。
本当のいるべき場所に向けて、私は足を進める。