29.英雄に群がる
ドラゴンの襲撃によって資源採掘場はパニックとなった。
幸い死傷者はなく、採掘環境への影響もない。
しかし一度でも襲われた者たちは、安心して作業することなどできない。
退職、休職を懇願する者も増えた。
必然的にセイレスト王国は対応せざるを得ない。
同様の不安感は各国の資源採掘場へと伝わり、全ての採掘場の警備を強化する方針で話が進む。
が、ここで新たな展開が発生する。
各国に警備の人員を派遣したことで、必然的に警備が手薄になる場所がある。
そう、セイレスト王国の主要都市、王都だ。
誰も想像していなかっただろう。
遠く離れた地を襲ったドラゴンが、セイレスト王国の上空に現れるなど。
「ド、ドラゴンだ! ドラゴンが現れたぞ!」
「嘘だ……なんでここに……」
「お母さんあれ見てー! おっきいよ!」
「そんなこと言ってないで走りなさい! 逃げるのよ!」
当然のごとく、王都はパニックに陥る。
王城内も混乱していた。
戦う力がないものは焦り、騎士や魔法使い達も慌てふためく。
「お、俺たちはどうすればいいんだ? ドラゴンと戦うのか?」
「無理だろ……あんなのと戦えるのか? 聞いた話じゃ、一撃で山を吹き飛ばしたんだろ?」
「終わりだ……」
騎士たちの心は折れかかっている。
魔法が使えない者たちにとって、自身より圧倒的に大きく恐ろしい存在に対抗する術はない。
つまり、希望は宮廷魔法使いに託された。
伝令が走る。
「宮廷魔法使いに伝令! 直ちにドラゴンを撃退せよ!」
「お、おいおい、いくら何でも丸投げは」
「戦うのは得策ではありません。今のところドラゴンは上空を飛んでいるだけです。ならば刺激せず、万が一に備えて結界を強化しましょう」
こんな状況でも室長は冷静だった。
さすが普段から毎日のように仕事と戦っているわけじゃない。
他の魔法使いたちに指示を出し、自身もいち早く王城の外へと走っていく。
私たちはそれに続く。
「いい? わかってると思うけど、私の本体はあっちにいる。手助けは期待しないで」
「わかってるよ。ここが俺にとっての大一番だ。かならず目立ってみせるさ」
「期待してるわよ」
私とシクロ王子は王城の外へとたどり着く。
ドラゴンが王城を見下ろすように空高く飛んでいる。
私たちが外に出た直後だった。
ドラゴンは血相を変え、王城に向かって顎を開き、ドラゴンブレスを放とうとする。
「まさかブレスを……皆さん! 結界の強化を!」
室長が叫ぶ。
が、ドラゴンの一撃は山をも吹き飛ばす。
急ごしらえに強化した結界などでは対応しきれない。
それは室長も理解している。
しかし、もはやとれる手段はそれしかなかった。
多くの者たちが死を悟る。
そんな中、一人の宮廷魔法使いが空を駆ける。
「あれは――」
「いってらっしゃい。シクロ殿下」
魔法使いはブレスを構えるドラゴンの顔前に転移し、拳で思いっきり殴り飛ばす。
その衝撃でブレスの照準がぶれ、放たれた一撃は空に浮かぶ雲を貫通する。
王城の、王都の窮地を救ったのは他でもない。
まだ新人で、最近宮廷入りしたばかりの新参者。
「イスカさん?」
残念、私はまだ地上にいる。
今飛び出したのは私ではなくて、私の姿に変身しているシクロ殿下だ。
私以外の全員には、私が戦っているように見えている。
いかに宮廷魔法使いでも、私がすぐに見抜けなかった彼の幻術に、この一瞬で気づくことはできない。
私の本体は今、ドラゴンの背に乗って姿を隠している。
ここでの目的では、私が目立ってドラゴンを撃退したという実績を作ること。
さぁ、始めましょう。
世界一大胆な茶番劇を!
「まったく、女性の姿で暴れるのは少々気が引けるけど、これも役割だからね。派手に行くよ!」
私に変身したシクロ殿下の背後に、無数の魔法陣が展開される。
それらを一瞬で一つにまとめ、多重融合した魔法陣から光り輝く球体が生成される。
球体は手の平に乗るサイズ。
これを彼はドラゴンに向けて撃ち出す。
「上手くいなしてね――ハイパーノヴァ」
着弾と同時に光の球体は大爆発を起こす。
爆発による突風は王都中に広まり、その威力を遺憾なく発揮する。
「派手過ぎよ」
目立つためとはいえ、そんな攻撃を王都の上空で使うなんて。
しかも、ドラゴンには私の本体が乗っているのに。
あとで少し説教が必要みたいね。
「怒られるかなぁー、けど、君ならこの程度は余裕で対処できるだろう?」
「――まったく、怖い男ね」
私の本体はドラゴンの背に隠れながら文句を言う。
その声はシクロ殿下の耳に届き、彼はニヤリと笑みを浮かべた。
「それはこっちのセリフだよ」
今の一撃を受けたドラゴンはしばらく睨み合う。
緊張が漂う中、ドラゴンは空中で踵を返す。
そのまま空高く舞い上がり、王都の上空から飛び去ってしまった。
「お、おお! ドラゴンを撃退したぞぉ!」
「すごい……たった一撃で追い返した!」
歓声が沸き上がる。
多くの人々は目撃した。
私が、私に扮したシクロ殿下が強大な敵に勇敢に立ち向かい、勝利を収める瞬間を。
それを見ながら、私はほくそ笑む。
「いいわよ」
目立つことで、多くの人たちの目に留まる。
しかも撃退したのは女性で、優秀な魔法使いでもある。
必然、彼の目に留まる。
私が嫌いな人間の中でも、トップクラスに入る男……。
顔がいいだけの色ボケ王子、ルガルド殿下に。






